75話 最後の宴
「何故、あの女の豊穣の能力を黙っていた」
謁見の間に呼ばれるなり、現国王に問い詰められた第一王子は苦笑いを浮かべた。
兵士に無理やりつれてこられ、王の前に立つなりシルヴィアの事で問い詰められたのだ。
何故、種の状態から花の咲く状態まで一瞬でできたことを報告しなかったのかと。
謁見の間の外に、結界を張る魔導士までご丁寧に配置してあったのが見て取れた。自分を殺しても外に漏れないようにするためだろう。シルヴィアの情報が外に情報が漏れないように、知る者に金銭を渡したが、それだけでは甘かったらしい。結局自分は口封じのためにと、居合わせた者を殺す事など非情な事を出来ないところが、権力者として不向きだったのだろうと苦笑いを浮かべる。
「その力を父上に知らせた場合、父上はその力を欲すると思ったからです」
「当たり前だ。伝説の聖女の力とほぼ同等。その力を自国に囲い込むことのどこが悪い」
国王がにらみつけるように第一王子に言う。
「ですが、その力を手入れて招く不幸もあります。強国が彼女の力を欲して侵略してきた場合、我々が勝てるわけがありません。彼女の力を欲するのは我々だけではありません。無用な争いに巻き込まれるくらいなら、彼女には手を出すべきではないと判断いたしました」
「それを判断するのはお前ではない!!!」
国王が、ばんっと持っていた杖を床にたたきつけた。
「では、どうするというのですか。エデリー家の娘をあの商人ヴァイス・ランドリューから取り上げるとでも?」
第一王子が問うと、王はにやりと笑い。
「当たり前だ。この国にいるうちに身柄を確保する」
「我が国のような小国があのような力を所持した場合、他国に攻め込む口実を与えるだけです、私は反対です!」
「何、あの女だけ身柄を確保して、他の者は皆殺しにすればいい。そして女も死んだことにして力だけを密かに使う。そのための準備もしてある」
「準備……ですか?」
第一王子が眉根をよせた。
「連れてこい!」
国王の言葉とともに、首輪をつけ、鎖でつながれている男が連れてこられた。
ひゅーひゅーと口から息をし、目はうつろで、肌はもう緑色に変色している。
「この男は?」
「錬金術師の女の元夫だ」
「……具合が悪そうですが……大丈夫なのですか?」
第一王子が聞くと、国王がにぃっと笑う。
「この腕輪を使えば魔獣化し、あの商人を襲うように調教してある」
「……は?」
「憎悪を煽ってある、魔獣化した途端あの商人を殺すようになっているのだ。お前はこの男を屋敷に投げ入れ、腕輪をつかって魔獣化させて来い。そして錬金術師だけつれてくるのだ。表向きには錬金術の失敗で魔獣を呼び出してしまい、全滅したことにすればいい。本人たちの自爆なら民衆の非難が国に向くこともない。そして錬金術師の能力を我が国だけで独占する」
国王の計画に第一王子は眩暈を覚える。
その隣で第二王子派だった貴族が笑っているが、どうせ彼の入れ知恵なのだろう。
頭が悪い作戦に、第二王子とたいしてかわらないと頭を抱えた。
そして血筋は逆らえないと思いながら、自分もその血筋だったと、ブルーになる。
「魔獣化にはかなり特殊な材料が必要なはずですが。どうやって手に入れられたのですか?」
勝ち誇っている国王に第一王子が問う。
それこそ国家予算なみのレアな素材が必要だ。そしてその素材をそろえるにはどうしても外から仕入れる必要がある。
「そんなことをお前に話す必要はない」
にやりと笑う国王。
「……私に話す必要はないでしょう。ですが仕入れた時点で、相手には筒抜けだということが何故わからないのですか」
「何だと?」
「父上は相手があのヴァイス・ランドリューという事を軽視しすぎたのです。
父上はこの作戦を実行しようとした時点ですでに彼に敗北したということを、自覚なさるべきです。申し訳ありませんが、私は今回の件では無関係なので、見逃していただけると」
そう言って、第一王子は大仰にお辞儀をした。
「お前は何を言って……」
国王が第一王子の行動に不審そうに問う。その瞬間。
がっしゃん!!!!!
シャンデリアが盛大な音をたてたと思ったら、モーニングスターを両腕にもった男が国王と第一王子の間に降り立った。
「なっ!?」
国王が驚き、護衛の者が国王を守り、そのほかの者は落下してきた不審者に槍を向けた。
「流石王太子殿下。空気を読むのがお上手で」
周りの事など気にせずシルクハットとコート姿に両手にモーニングスターをもった男が嬉しそうに笑う。
「はい。それだけが取り柄ともいえますが」
第一王子が肩をすくめる。
「何をしている衛兵!!衛兵!!!」
国王が外に向かって叫ぶが、援軍の兵士は現れない。
「ははっ。援軍?くるわけじゃないですか。第一王子を始末するつもりで防音と振動の響かぬ結界を自分達で張っておいてたのをお忘れで?」
「くっ、そういえば」
兵士の一人が外にでようとするが門が開かない。
おそらく出口にランドリューが結界を張ったのだろう。
「いやぁ、助かりましたよ。あなたたちが勝手にそれを魔獣化の処置をしてくれたので、私が好きに葬る事ができるようになった。私たちを魔獣の暴走で殺すつもりだったらしいですが、それをそっくりそのままあなたたちにお返ししましょう。あなたたちはここで、魔獣化した人間に殺されてしまいう事になっています。貴方達自身が招いた不幸な事故として」
「な、なんだと!?」
「だってそうでしょう? 魔獣化する禁呪のアイテムをそろえたのも、ここに結界を張って人払いしたのも「貴方達」だ。そこに私の手は一切加わっていない。つまり、それを魔獣化させて事故を装い、ここにいる者全てを殺したとしても、私が関わった証拠は何一つ残らない」
そう言ってにまぁっと笑う。
「……まさかお前達手を組んでいたのか!?」
国王が第一王子に視線を向ける。
「申し訳ありませんが、私は無関係です。まぁ、おそらく彼の計略の中に組み込まれてはいたのでしょうが、少なくとも私にはそれは知らされていなかった。だから言ったのに、彼に敵対の意志を示すなと」
第一王子が呆れたように言う。
「ははっ!!馬鹿なのはお前らだ!!ここでまとめて始末してやるっ!!」
国王がそう言いながら、魔獣化する腕輪を掲げた。
途端リックスだったものは苦しみだし、クマくらいの大きさの異形の魔獣に変貌を遂げる。
「ははっ!!! そうでなくては!!! さぁ!!祝いの宴をはじめましょう!!
私このヴァイス・ランドリューが貴方達を楽しい死の旅路へご案内いたしましょうっ!!!!!」
ランドリューの喜々とした声が謁見の間に響くのだった。
★★★
第一王子ははぁっとため息をついた。
ランドリューと魔獣の戦いに巻き込まれ、その場にいた騎士は全員死んでしまった。魔獣にやられた痛々しい死体が転がっている。
ランドリューといえば、魔獣の攻撃をよけながら、「あははは、もっとまじめに逃げないと、そこの騎士達と同じ末路をたどりますよ♡」と顔面涙と鼻水だらけの国王と貴族を喜々として追いかけている。おそらく全て魔獣に殺されたという事にするためだろう、ランドリュー自身は誰一人傷つけていない、騎士たちはみなランドリューが避けた魔獣の攻撃の巻き添えで殺されたのだ。
国王派の忠誠のあつい兵士や騎士はすべてやられ、謁見の間にいるのは国王と魔獣化を計画した貴族。
一体いつからいたのかちゃっかり第一王子の隣で防御壁をはって立つヴァイスの秘書。
そして魔獣化してしまった錬金術師の元夫のみだ。
ヴァイスの秘書は何事もなかったかのように第一王子の隣で突っ立って、事の様子を見守っている。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
という悲鳴をたてて、計画を立てた貴族が魔獣化したリックスに喰われていた。
隣にいた貴族が喰われてしまい国王が失禁している。その様子に第一王子は目を細める。
ヴァイスが目の前でわざわざやって見せつけるのは、逆らったら自分(第一王子)もああなるという警告も含まれているのだろう、と思いながら、その様子を見つめる。
だから父上は私の忠告をきいておけばよかったのに、と、これから命が絶たれるであろう父に少しばかりの憐れみを向けた。
自分の事を殺すつもりだった父親の死に悲しみはわかないが、一応同情心はある。
状況を見誤っていたらおそらく自分もこの死体の中に仲間入りしていたのだろう。
第一王子はかつて忠告してくれた友人に心から感謝しつつ、心の中でまた大きなため息をついた。どうせランドリューは、第一王子の逆らえないような状況をつくりあげている。この後は第一王子はランドリューの言う事をきくしかないはず。
この状況は国内外への見せしめも含まれている。ランドリューを知る者なら、絶対ランドリューがやったのがわかるが、証拠は誰がどう見ても、国王たちの自爆なので誰一人ランドリューを責められない。この件で彼をつぶそうとすれば、いままでの彼の戦歴から考えるに、別のトラップが発動するはずだ。逆に貶められる可能性が高い。彼はいつも何重にも罠を仕掛けている。逆らわない方がいい。
国王たちが全滅したあと、ランドリューは「さぁ!!次は国王たちを斬殺した魔獣退治に現れた正義の味方の出番です!!」と、狂気の笑みをうかべモーニングスターを振り回しながら楽しそうに魔獣と戦いはじめた。
ヴァイスは魔獣に何かを液体をかけると、「リックスさん!感謝してください!この時、この瞬間だけ自我を取り戻させてあげましょう!我がマイレディを苦しめた罪、その醜くなった体でなぶり殺されながら悔いて死んでください!!」と狂気の笑みを浮かべ、「ヤダ、ヤメテくれ!」と逃げ惑う魔獣になった錬金術師の元夫を、両手のモーニングスターでボコ殴りにしていく。
「うっわ、殺す前に自我戻すとかエグっ!
まじでエグっっっ!!!」
と、ヴァイスの秘書が隣でドン引きしているのを第一王子は横目で眺めつつ思う。
……はやくこの人達自分の国に戻ってくれないかなぁっと。








