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72話 生命

 どうしてこんな事になったのだろう。

 リックスはしっかり施錠され出られない狭い部屋で、ただ震える事しかできなかった。


 母の力で多額の賠償金で牢から出られた。そこまではよかった。

 

 だがその後、母の声が町中に流れて、店に大量の人が押し寄せてきて慌ててリックスは逃げ出した。


 そこからはもう転落の一方だった。

 

 家に戻ると犯罪者になる。だが家に戻らないと金がない。

 手持ちの金が底をつき、空腹のあまり食い逃げをしてしまい、捕まった先が最悪だった。

 素行の悪い連中にぼこぼこにされたあと、狭い部屋に閉じ込められたのだ。

 

 毎日二食、固いパンとスープが差し出されるだけ。


 運んでくるのがいかつい男のために話しかけることも出来ない。

 最近では部屋に変なお香のような匂いがするようになった。


 なんでこんな事になったんだ。

 あいつだ、全部あいつのせいだ。


 ヴァイス・ランドリュー。


 あいつさえいなかったら、シルヴィアはずっと僕のものだった。

 僕が戻ってきてくれと頼んだなら、すぐ戻ってきてくれたはずだ。

 それなのに。あいつがいたせいで。

 凶悪にモーニングスターを振り回す姿を思い出しぞくりとして、震えが止まらない。

 

 殺したい。殺したい。殺したい。


 憎悪が心の底からこみあげてくる。力があったら殺せるのに。

 絶対あの男を殺してシルヴィアを取り戻してやる。


 そうだ。殺そう。殺せばいいんだ。


 香ってくる匂いに酔いながら、リックスは一人笑い始めるのだった。



★★★


「ただいま戻りました!マイレディ!」


 ヴァイス様が出かけてから11日目。息をきらせながら、ヴァイス様が扉をあけた。


「ヴァ、ヴァイス様!?」


 私は慌てて作りかけていたポーションを落してしまう。


「「あ!?」」


 ガシャーンと音をたてて、試験官がわれてしまい、私とヴァイス様の声がはもる。


「申し訳ありません。はやく貴方の顔が見たいという衝動に我を忘れて、ノックを忘れてしまいました」


 こぼれたポーションを拭きながら、ヴァイス様が気落ちしながら謝る。


「いえ、大丈夫です。私も会いたかったです。落としてしまったのは私のミスですから。

元気そうで安心しました。おかえりなさい」


 私もガラスを掃除道具で片付けながら答えた。

 嬉しくてちょっと顔が熱くなってしまって、ヴァイス様も少し頬を染めた。


「はい。ただいま戻りました。会いたかったです」


 そう言って嬉しそうに抱きしめてくれた。


「あ、あのヴァイス様」


「はい?何でしょうかマイレディ?」


 ニコニコと聞いてくるヴァイス様の笑顔に私は胸が締め付けられた。

 

 どうしよう。言わなきゃいけないのに言うのが怖い。


「お、お帰りなさい。私も会いたかったです」


 そう言うと嬉しそうに笑ってくれて、軽いキスをしてそのままぎゅっと抱きしめられる。


「ヴァイス様?」


「すみません、嬉しくて、しばらくこのままでもよろしいでしょうか」


 ヴァイス様は本当に嬉しそうにニコニコ笑いながら抱きしめて、私の肩に顔をうずめる。

 そして時折甘い声のまま耳元で「好きです、愛してます会いたかった」とささやいて、思わず心臓がどきどきしてしまう。


「ヴァ、ヴァイス様、耳元は反則です!?」


「……はい?反則ですか?何かマナー違反だったでしょうか?」


「マ、マナー違反とかじゃなくて、ド、ドキドキしてしまいます」


 私がそう言うとヴァイス様がものすごくにっこりして


「貴方の心をかき乱せるなら光栄です」


 と、手の平にキスをする。

 ヴァイス様は本当にこういうところが凄く困る。恥ずかしいけどかっこよくて、もうどうしていいかわからなくなる。

 なんだかこのままヴァイス様といたらまた、流されてしまいそうなので、私は慌てて、ヴァイス様の手を取った。

 

「あ、あのヴァイス様」


「はい?何でしょうか?」


「じ、実は大事なお話が……」


「大事な話……ですか?」


 ヴァイス様が真剣な目で私を見つめてくるのだった。





「こ、子ども……ですか?」


 私が説明したらヴァイス様がぽかんとした顔で問い返す。


「ま、まだ超初期なので、流れてしまう可能性もあるのですけれど。

 本当はがっかりしてほしくなかったので、安定期にはいるまで内緒にしておくべきだったのかもしれません、で、でも、その長旅とかよくないらしくて、お話しておくべきかなって」


 私がいろいろ言ってみるけれどヴァイス様がぽかんとしている。


「ヴァ、ヴァイス様?」


「い、いえ、あ、ああ、すみません。いやはや、そうですか子どもですか」


 言いながら口元を抑える。


「……その。ご迷惑でしたか」


 ヴァイス様は子どもをあまり欲しくなかったのかな……。

 思わず不安になって聞いてしまう。


「め、迷惑だなんてとんでもないです。いや、驚きました、私にも人並みの感情はあったらしい」


「……え?」


「ああ、いや、こんなことを言うのは嫌われてしまうかもしれないのですが、正直自らの子という存在に、どのような感情を抱くのか自分でもわかりませんでした。でも、貴方の言葉を聞いたとき、私に沸いた感情は悦びでした。これは間違いなく確信をもっていえます。私は子どもの生命の芽吹きを心から喜んでいます」


 ヴァイス様は嬉しそうに笑いながら私を抱き上げた。


「貴方といると本当に、自分に驚かされます。私は人など、駒としか見られないと思っていましたが、私にも人を愛するという人間らしい感情があったようですっ!」


 言いながら私をくるくる回して、無邪気に喜ぶヴァイス様に私は思わず顔が赤くなるのを感じた。

 ヴァイス様はいつも本心を教えてくれて、本当に喜んでくれるから。

 それだけで私も胸がいっぱいになる。

 本当に嬉しくて涙が込み上げてくる。


「って、子どもがいるかもしれないのに、マイレディを回すなんて私としたことが!?」


 ヴァイス様が急にはっとして、私を慌てて降ろした。


「と、とりあえず寝てましょう!? このように動いていたら身体に毒です」


「え、あ、あのヴァイス様」


「すぐにベッドを用意させます!あと何を用意したらいいでしょう!?哺乳瓶でしょうか!? 何が楽しいのかまったく理解ができないガラガラと鳴らすおもちゃでしょうか!?と、とりあえずキースを呼びましょう!?」


「お、おおおちついてください!ヴァイスさま!!!」


「マイレディも落ち着いてください。大丈夫です。私が全力であなたを守りますから」


「い、いえさすがに生まれるかまだ分からない状態で哺乳瓶と、ガラガラは早いと思います!!もしダメだったら見るだけでも辛くなりますし」


 私の言葉にヴァイス様の動きがぴたりと止まる。

 そして大きくため息をついて


「ああ、申し訳ありません、落ち着いてなかったのは私のようです。そうですね、まずは無事生まれてくることを祈りましょう。そしてもしダメだったとしても、精いっぱいやったのだから仕方なかった運命だったと受け入れられる覚悟も今からしないといけません」


 私の肩に手をおいて、ヴァイス様がしっかりと目をみつめて言葉を紡ぐ。


「はい。そうですね」


「と、いうわけで、安静にしないといけません!さ、早くベッドへ!」


 ヴァイス様がそのまま私を抱き上げた。

 

 あまり安静にしすぎて寝てばかりもよくない―――と私が言う前にヴァイス様は颯爽と走り出してしまうのだった。


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