71話 言葉の羅列
「……ど、どうしましょう。マーサさん……反応……でました」
マーサさんに話してから10日後。
私は子どもの魔力が宿ったか調べる測定器の結果を見て、泣きそうになる。
そう、この数値は子どもが宿っている可能性が高い。
「よかったじゃないですか!奥様!おめでとうございます!」
けたけた笑いながらマーサさんが祝福してくれた。
けれど私は素直に喜べない。
リックスの子どもが出来ないの言葉を私はまだ引きずってしまっていて、子どもができた嬉しさよりも、流れてしまって、がっかりさせてしまったらどうしようという不安ばかりが募ってしまう。
「で、で、でもまだ安定期じゃないですから、誰にも言わないでくださいね!この時期は流れる事も多いのです!!」
「もちろん、私は誰にも言いませんけどね、旦那様にも言わないわけにはいかないと思いますよ?」
「え、でも……」
「その流れやすい時期にまさか、他国に移動する長旅をするつもりですか、奥様?」
マーサさんの言葉に私は青くなった。
確かにヴァイス様に内緒にしてしまっては一番危ない時期に馬車での移動を余儀なくされることになる。高速マフにいたっては振動が酷くて論外だ。城壁外は魔物がでてくることだってあるし、慣れない土地での暮らしのストレスもでてくるだろう。私の恥ずかしい、怖いという想いだけで、宿ってくれた命を危険にさらすことはできない。
「……そうですね。でも喜んでくれるでしょうか?」
昔、ヴァイス様が言っていた、子供は望んでいないという言葉を思い出してしまう。
もちろん不妊だと思っていた私を、慰めるためにでた言葉だったのはわかる。
わかっているのに不安になってしまう。
全てを振り払えたつもりだったのに、いまだに子どもを理由に離婚されたことを引きずってしまっていて、胸が締め付けられた。
「お母さんになるのに、そんなことを言っている場合ですか?
旦那様が喜ばないわけないでしょう?奥様にベタ惚れの旦那様なのですが小躍りして喜びますよ。この私が保証しますって。それに、子どもを一番に喜んであげないといけないのは母親ですよ」
マーサさんがそう言って笑ってくれて、私はこくんと頷いた。
そうだ、今のままじゃ子どもが可愛そうだ。
私が一番喜んであげなきゃ。大事なヴァイス様との子だもの。
だからちゃんと無事に生まれてきてくれることを祈らなきゃ。
★★★
「……薬、薬をください」
某国のホテルにて今にも死にそうな顔でベッドから手を伸ばすヴァイスに
「薬中みたいなことをいっていないでください。駄目に決まっているでしょう。
そりゃ高速マフで何か国も行き来してれば死ぬのは当たり前です、あの魔道具の乗り物は操者の魔力消費量が尋常ではないのですから」
キースがお茶を注ぎながら言う。
「で、ですがマイレディが作ってくれた体力回復ポーションならいいと」
「もう今日の分は飲みました」
「今日だけならもう一本くらいいいと思います」
ヴァイスが嬉しそうにキースに言うが、キースは額に青筋をうかべた。
「それが積み重なって病気になったのでしょう!? 反省0ですか!?」
「ですが、早く終わらせて、マイレディの元に戻りたいのですが!?
もう何日会ってないと思っているのですか!?」
「たった10日じゃないですか。」
「たった!?分になおすと14400分、秒になおすと864000秒ですよ!?
こんな長時間会えないなど、一日千秋の思いで、私がいかに彼女に会いたいと望んでいるのか!? そうそれはクリムライルに流れる清流のごとく、キャンドラにとどろく雷鳴のごとく!」
ヴァイスが抗議をあげると、キースが心底呆れた顔をする。
「奥様の事になるとでてくるその謎ポエムどうにかなりません?
最近ではもうポエムですらなくなってそれっぽいだけでまったく意味もない言葉の羅列になっていますが。大体、回っている先の国から推察するに……旦那様、また大事をおこすつもりでしょう?」
キースの言葉にヴァイスは露骨に視線をそらした。
「何か大きな事をするから下準備しているのが丸わかりです。どうせシルヴィア様の力と関係しているのはわかりますが。そろそろ第一秘書の私にくらい詳細を教えてくださってもよろしいのでは?」
「いえ、まぁ……大した事ではありませんよ」
「だ・ん・な・さ・ま♡」
枕を抱きながら露骨に視線を逸らすヴァイスにキースはにっこりと詰め寄った。
「いやぁ、いろいろな最悪パターンも想定して一応準備をしているだけで最悪パターンには絶対になりませんから。杞憂に終わるので安心してください」
「だ・か・ら。何をするおつもりで?」
しばし無言で見つめあう二人。
「マイレディに手をだすなという見せしめに、国に喧嘩をうるのでいろいろ準備しておこうかなと♡」
ヴァイスがウィンクして言うと、キースがにっこり微笑んだ。
額に青筋をうかべながら。








