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70話 疑惑

「先生っ!!!」


 セニア様が嬉しそうに扉を開けた。


 テーゼの花のポーションを作ってから、一か月とちょっと後。

 公爵令嬢のセニア様はすっかり回復した。

 顔の斑点もすっかりとれ、健康な体になっている。


「セニア様。なぜここに?」


 工房で薬を作っていたところに尋ねてこられて、私が驚きの声をあげる。


「はい。お礼と報告にきました」


 そう言って嬉しそうに私に、抱き着いた。病気が治ってからの彼女は本当に美人で、治った途端、婚約解消した令息がまた婚約しようと言ってきたらしいけれど、セニア様は断ったと聞いていた。


「私、錬金術の素質があるらしくて!学校に通わせてもらえることになったんです!」


「れ、錬金術師の学校ですか!?え、でもそこは平民ばかりで……」


「はい!お父様に許していただけました!約束通り好きな事をさせてくれると。家は兄が継ぎますし、私は自由に生きていいと」


 嬉しそうに笑う。


「よかったですね」


「はい。先生、もしちゃんと錬金術の学校を卒業できたら、先生と一緒に働きたいです。ちゃんと使い物になるくらいなっていたら雇ってくださいね」


 顔を赤らめて言うセニア様に私は嬉しくて、はいと微笑んだ。


★★★


 あれから、この国の薬害もだいぶ落ち着いてきた。

 入国許可が下りたらしく、ヴァイス様の本国から護衛の人や使用人の人達もたくさんきて、館の方もだいぶ落ち着いてきた。ヴァイス様は「信用できる使用人と腕のたつ護衛ばかりなので大丈夫です」と、仕事に出かけてしまうようになって、寂しいけれど、でもなんの不安もなく錬金術の研究に取り組めるいまの環境はたのしかったりもする。


「おねーちゃん!」


 廊下を歩いていたら男の子が話しかけてきた。

 以前豊穣祭で、ヴァイス様に薬をぬってくれた男の子。

 ヴァイス様が治ったあと、いろいろあってうちで働いてもらう事になった。

 好意で塗ってくれた薬でヴァイス様の病状が悪化してしまったのをずっと気にしていたらしくて、申し訳ないことをしたとヴァイス様なりの謝罪の意味もある。


「どうしたの?」


「前もらった薬よくきいたよ!毎日塗ってあげたら妹の肌のぼつぼつよく治った!」


「それはよかった。ちゃんと塗ってあげてお兄ちゃんは偉いね」


「うん!ありがとう!これお礼!」


 そう言って男の子はえへへと、綺麗な石を差し出した。


「これは?」


「うん、河原でみつけたんだ。おねーちゃんにと思って」


「ありがとう。大切にするね」


 私が笑って受け取ると、男のは嬉しそうに頷いて「じゃあ仕事の草むしりにいってくる!」と元気よく走っていった。


 このまま順調にいけば、あと一、二ケ月もしたら、ヴァイス様の国に一緒に行くことになる。

 ……でもひとつだけ気になる事がある。


「あら、奥様そんなところで何をしているんです?」


 廊下で屋敷の従業員にふるまうスープをもったマーサさんに出会って、私は思わず口を抑えた。

 そう――スープの匂いがキツイ。


「ご、ごめんなさい。最近食べ物の匂いがきつくて」


 私の言葉にマーサさんがびっくりした顔をして


「え、それってもしかして」


 と、ニマニマしてくる。


「あ、駄目ですよ。まだヴァイス様には言わないでくださいね。勘違いだったらすごく恥ずかしいです。私は妊娠できるかも怪しいですし。ちゃんと魔力検査で確定してからにします」


 そう、妊娠の可能性がある。

 ……もしそうなら、時期的にヴァイス様とはじめてした時になる。


 そのあとは…‥していないから。

 ヴァイス様も寝込んでた間の仕事の埋め合わせに忙しくて慌ただしく飛び回ってしまっていて、あまり会う時間がないというのもある。


 そんなたった一回で妊娠……なんてするわけないよね。

 きっとこれは勘違い。ただ、具合が悪いだけ。少し休んだ方がいいかも。

 私はため息をついて、部屋に戻るのだった。

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