68話 それぞれの打算
テーゼの花。
ゴルダール地方もしくはこの国の温室でしか育たない。特別な魔力が必要になるためだ。
種が不足しているわけではなく、育つ場所が特殊という花。
その花が―――王室の温室でシルヴィアの力によって本来育つ速度ではない速度で育っていく。本来なら一年という年月の必要なその花がたった一瞬で。
エデリー家の錬金術で芽吹き花開いたのだ。
シルヴィアが何か唱えたと思ったら身体が光、光があたりをつつみ、土から芽がでてきたとおもったらあっという間に開花した。
幻想的な光景に王子は目を見開いた。
「信じられない……」
(これは……聖女の力に匹敵する。シルヴィアの力を手に入れられれば国の繁栄も夢じゃない。何故今までこの力を放置していた? この力を手にれすれば小国の我が国も……)
第一王子は息を呑み……そこで背筋を凍らせる。そしてその背筋が凍った理由がすぐにわかった。後ろにいるヴァイスからの威圧だ。
『ヴァイス・ランドリューという商人、あれにだけは手をだすな。例え味方にならなくても、絶対敵対だけはするな。何かあった場合、味方になれないなら、絶対中立を貫け。敵側だけにはまわるな』
友の言葉が思い出される。ヴァイスが本拠地にしている国は大国だ。大国故、古い商家と貴族たちが癒着しているため、新たな商家は力を得る前に叩き潰される。
その大国で、たった一代で小さかった商家を大国で、五本にはいるほどの規模に広げ、他国まで勢力を広めた。
ヴァイス・ランドリューの手腕。
この事実を馬鹿にしてはいけない。そしてその勢力を広める間に、彼はライバルの商家どころか貴族まで、排除し、のし上がってきた。合法と非合法のスレスレの技を駆使して。
(状況を見誤るな。――私の長所は状況を分析する力だ。
彼の手にかかれば小国の王子など簡単にひねりつぶすだろう。
彼はいたるところの主要な流通網を抑えている。下手をすれば国ごと潰されてもおかしくない。
目先の利益に飛びついて叩き潰されるよりは、ここは彼と彼女に恩を売っておいたほうが賢明だ)
第一王子はにこやかに笑う。
「育成能力ですか!なんと素晴らしいです!」
シルヴィアが出来上がったテーゼの花を嬉しそうに見ている中、第一王子は拍手をした。シルヴィアがおそるおそる第一王子の方に振り返る。
「ご安心ください、まだ世に公表していないのでしょう? 私からこの力を公表することはありませんので。ここにいる者も口留めしておきます。あなた方の望み通りにいたしましょう。これでも私は状況をよむ力だけはあるつもりですので。そうでしょう?ランドリュー殿」
王子がにこやかに言うと、ヴァイスもシルクハットをとって丁寧なお辞儀をし
「賢明な判断に感謝いたします。王太子殿下」
と営業スマイルを浮かべるのだった。
★★★
……よかった。
私は咲き乱れる花を前に、安堵のため息をついた。
あの後、第一王子にお願いしてテーゼの花を分けてもらう事になった。
そしてテーゼの花がこの国で唯一育つ王宮の温室で錬金術の秘術を使った。
植物の成長を促進する錬金術。
女神レンテーゼの力を分けてもらい成功する秘術。
術を発動すると、優しい光に包まれて、温かい優しい声とともに力が体の底から沸き上がり―――芽すらでていなかった、テーゼの花が咲き乱れた。
力を見た王子の反応が怖かったけれど、錬金術師協会長のように私を捕らえて無理やり働かせようという結論にはならなかったようで、私は安堵する。
もちろん内心はわからないけれど、ヴァイス様がいるからきっと平気なはず。
あとはテーゼの花から薬の材料を抽出し、薬を作成するだけ。
私は少女の顔を思い浮かべて心に誓う。
待っていてね、今すぐ治してあげるから。
もう、力を使う事を迷わない。
大丈夫。私は始祖のよようになったりしない。
だって、私にはヴァイス様がいてくれるから――。
私はちょっと嬉しくなって、テーゼの花を抱きしめて、ヴァイス様の方に振り向くと、ヴァイス様もすごく嬉しそうに笑って、手を差し出してくれて、私がその手をとると跪いて手の甲にキスをしてくれた。
「まるで女神かと見間違えました。ステキですよマイレディ」
「ヴァイス様のおかげです」
私はそう言って、ヴァイス様に抱き着いた。
★★★
「何故、不機嫌なのですか?」
シルヴィアが王城から戻り、錬金術でテーゼの花の薬を作っている間、ヴァイスは執務室で不機嫌そうにコーヒーを飲んでいた。
「いえ、第一王子は冷静な判断を下しました。私に逆らわない方向でいくようです」
「喜ばしいことじゃないですか。
まぁ、ヴァイス様の事ですから暴れたかったのでしょうが」
キースはいいながら、シルヴィアの部屋に運ぶ紅茶に添えるレモンをナイフで丁寧に切り分ける。
「人を何だと思ってるのか一度じっくり話あう必要がありますね。……まぁ、彼は状況を判断する能力は悪くないですね。利用する方向でいいかもしれません」
そう言って、にんまりするとコーヒーを飲み干すのだった。








