67話 信じる
「……最後までしてしまいました。どうしましょう嫌われたでしょうか」
次の日、ホテルから戻って、シルヴィアと別れた後、ヴァイスが両手で顔を抑えてずるずるとヘタレ座り込む。
「……え、なんでそこ後悔しているんですか。よかったじゃないですか。婚約していて結婚確実なのだからかまわないでしょう」
「こういうのは婚姻手続きをして、正式な手順を踏んだあとのはずっ! それなのに先にあのような行為をしたら不誠実だと思われてしまうでしょう!?」
ヴァイスが泣き顔に近い顔で抗議すると
「や、旦那様、普段は容赦ない殺戮魔のくせに、なんで恋愛になると乙女も引くレベルのピュアボーイになるんですか。貴族令嬢相手ならまだしも、平民同士の結婚でそこまで律儀にする必要ないでしょう。本当にドン引きなんですけど。大体あそこまで雰囲気が盛り上がったのに手を出さない方が失礼でしょう」
キースがコーヒーを入れながら答えた。
「そういうものですか?」
「そういうものですよ」
「ちなみにそれは先輩としてのコメントなのでしょうか?」
「……」
「……」
「……使用人のプライベートなのでノーコメントでお願いします」
キースとしばらく見つめあったあと、ヴァイスはため息をつく。
「怒ってなければいいのですが……」
ヴァイスは壁に寄りかかったまま頭を抱えるのだった。
★★★
……。
どうしよう。
私は昨日の事を思い出して思わず顔が赤くなる。
結局あの後、私とヴァイス様は……してしまった。
思い出すだけで顔が赤くなって、つい頬を抑えてしまう。
女性と恋愛が初めてだったのに上手だったとか、あ、でも恋愛が初めてなだけで経験がないわけじゃないのかもとか、どうでもいい事が頭をかすめ、思わずぶんぶん頭をふる。
顔が綺麗だったとか、声がすごい甘くてかっこよかったとか、いろいろ浮かんでしまっては全部打ち消す。
ダメダメダメ。
今日は診察の日。早く行かなきゃ。
私ががたんと立ち上がった途端。マーサさんが慌てて部屋に入ってくる。
「奥様、早馬がきてます!公爵家のお嬢様の容態が急変したと!!!」
私はその言葉に急に現実に引き戻された。
なんで、彼女用に強めの抑制剤を配合したのに、なんで悪化しているの!?
私は慌てて立ち上がるのだった。
★★★
「昨夜まではなんともなかったのです、朝急に苦しみだして」
病室に到着すると、苦しそうにもがく公爵令嬢の隣で公爵夫人が私にすがるように言う。
「見たところ体の斑点は増えていない。でも数値は凄く悪くなっている。
……もしかして見えないところまで転移してしまった?」
「……せん、せ……いき……くる…‥し」
すがるように少女が私に手を伸ばす。
もしかして器官系に転移してしまった!?
ああ、何をやっていたんだろう。私は何もしてあげられなかった。
結局転移を防ぐことなんてできなかったんだ。
――もし国が貴方の力を欲して、貴方や私に害をなすというのなら、私はそれ以上の力をもってねじ伏せましょう。例えそれが全ての国を敵にまわしたとしても。決してあなたの邪魔をさせはしません――
昨日のヴァイスの言葉が蘇る。
そう、もう使うしかない。エデリー家の秘術を。
そしてこの力を使ったらもう二度と後戻りはできない。
それでも。
信じよう。ヴァイス様の言葉を。
ヴァイス様の力を。
ヴァイス様ならきっと何とかしてくれる。
エデリー家の錬金術の秘術の中には植物の育成を促す秘術も含まれていた。
この力は伝説の聖女に匹敵する。もし私がもっていると知られてしまえば、皆その力を欲するだろう。この国だけでなく、いろいろな国が。
それでも、ここで使わないとこの子が死んでしまう。
「キースさん!ヴァイス様に連絡……!」
私がキースさんに振り返ると、なぜかキースさんのいた場所にヴァイス様が立っていて、にっこり笑っていてくれていた。まさか公爵邸にいるとは思わずびっくりしてしまう。
「ヴァ、ヴァイス様!?」
「テーゼの花が必要なのでしょう? さぁ、時間もないようですし、行きましょう」
耳元で甘くささやいて、私を抱きかかえる。
たぶん、一緒に記憶を見たヴァイス様は、知っていたのだろう。私がこの国の王家の保管するテーゼの花の育成を促進したかったことを。そして、だからこそ後ろから背を押してくれていた。
テーゼの花は王族が管理する場所でしか育たない。だから王族の目の前で力を使う事を余儀なくされる。
テーゼの花を手に入れるという事は、同時に王族に私に錬金術の秘術を見せなければいけなくなるということだ。
「……この力を使ったらきっと迷惑をかけてしまうかもしれません」
「貴方の事で迷惑なんてことはありませんよ。それに」
「それに?」
「力は下手に隠すより、大々的に使った方が守れることもありますから。もし、この国が貴方を無理に囲い込もうとするのなら、他国に利益をちらつかせて、独占させないように互いが互いにけん制するように仕向ければいいだけの話。もしもの時のための準備はそろっていますから、私を信じてください、マイレディ」
そう言ってウィンクしてくれて、私はその言葉にうなずいた。
大丈夫。ヴァイス様がいてくれるから、祖先のような悲劇にはならないはず。
「マイレディ。私は貴方の力を存分に羽ばたかせる力をもっている。自惚れでもなく、希望でもなく、確信をもって保証しましょう」
まるで心を見透かしたかのように、ヴァイス様が笑っていってくれる。
「はい。頼りにしています。ヴァイス様」
私も笑って答えた。
ヴァイス様ならきっといい方向に導いてくれて、私の力もきっと有効活用してくれるはず。
いつも価値を見出して、新しい発想で役立ててくれたように。
だから、私は彼女を治すことに全力を尽くさなきゃ。
私がヴァイス様に強く抱き着くと、ヴァイス様は笑ってくれて、颯爽と公爵邸の高い窓から飛び降りた。








