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63話 始祖の記憶

 エデリー家の始祖はレルテーゼの女神から祝福を受けた錬金術師だった。


 彼女はレルテーゼの女神の加護ゆえに誰も出来ない錬金術で奇跡をおこし、慕い慕われていった。けれど彼女が結婚し、夫と子供を大事にしはじめたころから歯車が狂いだす。なぜその力を使わないのだ、力を使えと、責められるようになってしまった。


 そして権力者に子供を誘拐され、力を使えと脅されて、その過程で誘拐された子どもと子供を守ろうとした夫が殺されてしまう。


 結局エデリー家の始祖はエデリーと名を変え別大陸に逃げ込み現在の大陸に居つき、その力を限定的なものしか使わなくなった。

 今、ここに伝わる秘術もごく一部の限定的なもので本来全ての力ではない。


 それでも――その限定的な力でも、また悲劇がおきてしまう場合がある。

 エデリー家の秘術を継ぐものは、必ずエデリー家の始祖の悲劇を見てから知識を継ぐ。


 その力に奢らぬように。

 その力をむやみに使わぬように。


 その力は――必ずしも正しいと思い込まないように。


 エデリー家の始祖の知識を見て、私はぺたりとその場に座り込んだ。


 知識は継いだ。

 けれどー-それ以上に彼女の悲劇が悲しすぎて、私は涙があふえて止まらなかった。

 自分を慕っていてくれた人たちが力を使えと迫ってきて、最後には助けた国に裏切られ愛する人を殺される。その失意とし絶望が直接自分の出来事のようで、私は目をつぶる。


「大丈夫ですか、マイレディ」


 ヴァイス様が私に手を差し伸べてくれて、私はそのままその手をとってしっかり握る。


「……はい。大丈夫です」


 にっこり笑ってみるけれど、どうしてもうまく笑えなくて、ヴァイス様に抱きしめられた。

 ヴァイス様を失ってしまったかのような、よくわからない感覚が怖くて、ヴァイス様に必死に抱き着いた。


「死なないでください、ヴァイス様、嫌です、死んだら嫌っ!!」


 言葉が溢れて、涙も止まらない。

 あれは始祖の記憶、私じゃない。ヴァイス様も死なないし、私に子どもなんていない。

 頭ではわかっているのに気持ちが追い付かない。


「ええ、大丈夫ですよ。あれは記憶の断片であって、貴方におこった出来事ではありません。ですから心配しないでください。私は死にませんし、貴方に危害を加える人もいません」


 そう言って背中をさすってくれる、ヴァイス様の手は温かくて大きかった。



◆◆◆



「……いつもありがとうございます」


 そう言って治療中の公爵令嬢の女の子が微笑んでくれたのは治療から4日目だった。

 この子が一番酷くて、抑制剤の力を強める必要があるためデータ採取にきていたその時のことだったのだ。


 あの記憶を見てから、私は始祖が残してくれたエデリー家の秘術を全て手に入れた。

 始祖が残しても大丈夫と判断した物。それでも今の人類が使うにはあまりにも巨大すぎるもの。結局その秘術を封じたまま、今までと同じ方法で彼女の治療を続けている。


「当然のことをしているまでです。早く良くなってくださいね」


 私がにっこり笑って言うと、少女も笑った。


「はい。もし治ったら、私も貴方みたいなお医者さんになりたいです」


「お医者ですか?」


「もう結婚は無理ですから、顔に酷い斑点ができてから婚約を解消されてしまいました。

 その時は絶望しかありませんでしたけど、今になって思えばよかったなって思います」


「よかった……ですか?」


「公爵令嬢として、生まれた以上、家紋のための駒にすぎず、家のために結婚しないとと思っていました。それが義務だと。けれど、もし助かったら結婚などに囚われないで自分のやりたい事をしていいと父と母が言ってくれたんです。……もちろん、本当に助かったらそういうわけにもいかないのは承知の上です。でも父と母がそう言ってくれただけで嬉しかった。だから頑張って治さないと」


 そう言って笑う姿がはかなげで、私は思わず泣きそうになるのをぐっと堪えた。

 治す側が泣いては駄目。いつだって勇気づけて治るって言ってあげないと。

 彼女を勇気づけられるのは私だけなんだから。


「そうですね。テーゼの花さえ咲けば、その痣も綺麗に取れます。そしたらやりたい事をやりたいだけやって、思いっきり相手を見返してあげましょう?」


 私がいうと、少女は凄く嬉しそうに微笑んでくれた。



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