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57話 第一王子

「名演技でしたよ。素晴らしかったです。マイレディ」


 あたふたしている、会長と義母マリアを置いて、キースさんの煙幕で部屋から抜け出すと、錬金術師協会の屋上でヴァイス様が待っていてくれた。


「ヴァイス様っ!!」


 私が思わずだきつくと、そのまま受け止めてくれる。


「大丈夫でしたか?怖くありませんでしたか?」


「はい。キースさんがいてくれましたし。何よりヴァイス様が来てくれるって信じていましたから」


 私が言うと嬉しそうに笑ってくれて、そのまま私を抱きあげた。


「ヴァ、ヴァイス様!?」


「ここにいると、私刑リンチの巻き添えになってしまいますから、帰りましょう」


 その言葉とともに、なぜかふわっとした感触に包まれて、ヴァイス様のコートも下からきた風に舞い上がった。


「しっかりつかまっていてくださいね。愛しきフィアンセ」


 そう言っておでこにキスをしてくれて、屋上から私を抱いたまま飛び降りた。


★★★


「ヴァイス・ランドリューか……」


 言いながら金髪の美青年。この国の第一王子がため息をついた。

 目の前には、防御結界の中で震えあがりながら、第一王子率いる白銀の騎士団に助けを求める錬金術師会長やマリアの姿があった。だが彼らのいる防御結界は怒り狂った市民たちに卵や野次をなげつけられ、酷いありさまだ。棒で防御結界をやぶろうとしている民衆の姿がある。民衆のあの二人への怒りは尋常ではない。中にはシミがひどくなっているものもいるので、彼らの怒りはもっともだろう。下手に近づくと、民衆の憎悪が白銀の騎士にも向かいかねないため、手を出せず、落ち着くまでと遠巻きに見ているしかできない。

 中にいる錬金術師や会長やマリアには恐怖の時間でしかないだろう。


 部下の報告では、西部三地区の屋敷が破壊されている、テロではないかという報告の元、屋敷に駆け付けると、第二王子とその部下が倒れていた。

 街の住人達も不安そうに集まって騒然としていたところに、いきなり、錬金術師協会で行われた、協会長と、マリア、そしてシルヴィアとキースの会話がどこからともかく流れはじめたのだ。


 おそらく、遠隔で会話が聞くことのできる魔道具が街のいたるところに設置してあったのだろう。


 流行をはじめていた謎の斑点病。

 豊穣祭でいきなり全身に斑点ができて倒れたというランドリューの噂。

 そして西部三地区の屋敷の破壊と、第二王子の部隊の謎の全滅。皮肉にもヴァイスを陥れようと、錬金術師協会が流した大げさなヴァイスの噂が、事態をより大きくした。謎の奇病という恐怖の中、遠隔装置から流れてきた会話は、住人達の憎悪を掻き立てるには十分だった。


 あっという間に制御できぬ暴徒になって、錬金術師協会に向かってしまったのである。


 遠隔で会話を送ることのできる魔道具は市民が手に入れられる金額ではない。

 この世界は便利に思えるが、便利な魔道具はほぼ、遺跡から発掘されたもので市民が手に入れられる金額ではないのだ。

 街中のいたるところで流せる量の魔道具をそろえるとしたら、貴族でも難しい。

 出来るのはごく一部の金持ち。それゆえこの騒動の首謀者はヴァイス・ランドリューだろう。

 第一王子の立場としては、街で暴徒を煽ったとして罪に問わないといけないが……そんなことをしてしまえば、【お前たちも真実をもみ消して薬害を広めようとしているのか!?】と、住人たちの敵愾心が王家に向きかねない。すでに市民たちの間では、ランドリューは権力者がもみ消そうとした、真実をさらけ出してくれた英雄扱いだ。しかも首謀者の中に王家の者――第二王妃がいる。動き方を間違えた途端、国民の不満は王家に向いてしまうだろう。それゆえ、ヴァイスの罪を問う事は誰一人できないだろう。

 おそらくそれさえも、ヴァイスの計算のうちなのだろう。

 住人たちの噂もヴァイスが導いた形跡も見て取れる。


 昔、他国で職についた学友に「ヴァイス・ランドリューという商人、あれにだけは手をだすな。例え味方にならなくても、絶対敵対だけはするな。何かあった場合、味方になれないなら、絶対中立を貫け。敵側だけにはまわるな」と震えながら忠告を受けたことがあった。

 その時は「大げさな」と、聞き流したが、その意味が、やっと分かった気がする。


 第二王妃もすでに身柄は確保している。

 第二王妃、協会長、マリアの断頭台は免れない。

 市中引き回しの上、公開処刑にして民衆の怒りを鎮めるほかない。

  

 問題は、もう彼らの処遇ではなく、広がりつつある薬害の騒動を収める事が重要だ。


 錬金術師協会長はシルヴィア・エデリーに治療薬を作らせようとしていた。

 ということは、彼女にはこの薬害についての知識があるのだろう。


 彼女の助力を請うことが重要だ。


「至急シルヴィア・エデリーについて調べてくれ」


 第一王子はため息をつきながら、部下に命令するのだった。

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