55話 現実逃避
あまり乗り気のする作業ではなかった。
たかが一商人の屋敷に乗り込んで屋敷の者を捕らえるだけの簡単な作業。
そこの商人がそこそこ強いから、殺してこい。
それが母である王妃の命令だった。
だが、目の前で繰り広げられる光景に第二王子の感想は変わる。
屋敷の門につくと、殺すべき商人が門の前で大きなモーニングスターを両手に抱えて待ち構えていた。
ニタニタとまるで挑発するかのように、笑いながら。
騎士団長が捕らえろと命令した途端――なぜか商人の屋敷の一部が大爆発し、破片が飛ぶ。
もちろん第二王子が命をくだしたわけでも、騎士団長が手配したわけでもない。
何故だと男に問えば
「すみません。こちらの爆発はあなた方の雇い主を断頭台に送るための仕込みなので、この戦闘には無関係。ですからお気になさらずに。ああ、もちろんこの屋敷を爆破した犯人は貴方達になるので、法外な修繕費を請求させていただく予定ですけれどね」
と、狂気の笑みを浮かべたのだ。
その笑みに第二王子はぞっとした。
こいつは同種だと。
騎士団長が「ふざけるな!」と、叫んでハルバードで突っ込むが、あっさり片方のモーニングスターで武器を叩き壊され、反対に持っていたモーニングスターの一撃に騎士団長の身体が吹っ飛んだ。血を吐きながら騎士団長の身体が宙を舞い、地面に落ちる。
「さぁ、楽しい祭りをはじめようではありませんか!」
男が赤い瞳に狂気をたたえ言った一言。それが合図だった。
言葉とともに男の一方的な蹂躙がはじまった。
ある騎士は構えた瞬間。また別の騎士は構える暇もなく、モーニングスターで鎧部分をぶん殴られ、逃げようとしたものは背後から背に思いっきりモーニングスターを叩きつけられ、次々と戦闘不能になっていく。
その様子に第二王子は歓喜の笑みを浮かべた。
この男強い――!?
モーニングスターで容赦なく笑いながら、殴り掛かる様に、一部の騎士が恐怖のあまり逃げ出すが、その騎士を逃がすことなく、容赦なくモーニングスターで叩き飛ばす。
何もわからない者から見れば一方的に虐殺をしているように見える。
だが――恐ろしいのはこの男、誰一人殺していないということだ。
甲冑部分を狙っているというのもあるが、この男は殴り掛かる瞬間、こともあろうに殴り掛かる相手に殴る部分だけ防御結界を張っている。敵をわざわざ自らの魔法で守っているのである。そのおかげで、盛大に殴られ大ダメージをくらって死んだように見えるが、実際は死に至るほどの致命傷を与えないで相手を気絶させているのだ。
説明すれば簡単なように聞こえるが、一瞬でピンポイントに魔法結界をはりつつ、攻撃の手を緩めない。それができるのはかなりの魔法の使い手でなければ無理だろう。
攻撃に集中しつつ、魔法を展開する。並大抵の使い手ではない。
「王子!!撤退してください!!!」
商人の強さに慄いた護衛達が叫ぶが、王子は護衛を無視しては嬉しそうにハルバードを手に取った。
「ほう、逃げないで戦うおつもりですか。
何もしないで棒立ちしている臆病者ゆえ、部下を見捨てて、逃げるのかと思いましたが思ったよりは気概があるようですね」
黒髪の商人の男が自らについた返り血をなめながら言う。
「商人、貴様面白いな。何もかもでたらめだ」
「でたらめですか?」
「ああ、お前は嘘で塗り固めている。俺が見抜けないとでも思っているのか。
そのモーニングスターはフェイクで、実際は魔法使いだ。
重く凶悪な大きさのモーニングスターを使うことによって武闘派と思わせているだけだろう?
その身体能力も魔力によるものだ、お前の周りに魔力が見える。
攻撃する瞬間体に魔力をまとわせて体を強化しているのが、丸わかりだ。
それに、兵士も誰一人殺していない。
攻撃する前に、相手に防御結界を張って致命傷を避けている。
ばれないと思っているのか?」
にんまり笑いながら王子が言うと、商人は眉をぴくりとあげた。
「……ほぅ」
そう言って男は体に魔力をまとわせモーニングスターを構える。
「俺にその手が通じると思ったら大間違いだ」
商人が振り上げてきたモーニングスターをハルバードで受け止めると薙ぎ払い、もう片方飛んできたモーニングスターは手の甲冑で受け止める。
「……手甲を魔力で強化……貴方も魔法結界の使い手ですか」
モーニングスターに力を入れながら商人が笑う。
「お前だけの専売特許だと思うなよ」
王子もにんまり笑う。
その言葉に商人は、後ろに飛んで王子と距離をとると、目に狂気をたたえた。
「面白い。あなたのように戦いを知ったかのように思いあがった、騎士こそ一番つぶしがいがある。ああ、そのプライドをズタズタにして、恐怖におののく顔を見せていただきましょう」
「貴様の攻撃などこちらは見切……」
王子が言った瞬間。身体が飛んでいた。何が起こったのかわからず王子は目を白黒させる。
モーニングスターで吹き飛ばされたと悟った時にはすでに地に打ち付けられていた。
そう、見えぬ速さで商人に攻撃されていたのだ。
モーニングスターを構えたまま、商人が笑う。
「魔力の軌道が見える。だから私が体に魔力をまとわせなかったから、攻撃してこないと思ったのでしょう?」
王子はあわてて、体をおこす。
「魔術師とまで見破ったのはなかなか見事ですが、戦士と見せかけて実は魔術師…‥と見せかけた戦士だとは考えなかったのですか? 貴方は愚かにも魔術が見えることを自らペラペラしゃべってしまった」
商人の男がニマニマしながら、モーニングスターを引きずりながらやってくる。
「この男は魔術師で魔術をまとわなければ攻撃できない。その思い込みがあなたの敗因です。魔術をまとわない素の方が強いなど考えもしなかった。思い込みとはいかに愚かで浅はかでしょう。その見えている魔力こそが騙されているとも知らず、自慢気に話す。自らを強者と勘違いした者ほど欺きやすい証拠。さぁ、さぁ、まさかそんな一撃で心折れたわけではないでしょう?」
言いながら、落ちたハルバードを王子の前に蹴り飛ばした。
からんと、第二王子の前にハルバードが落ちる。
慌てて、王子が手を伸ばすが、そのハルバードを商人は踏みつけた。
王子が恨めしそうに顔をあげると、商人はにぃっと笑う。
「戦いにおいて何が真実で何が嘘か。それを見極められぬものは死あるのみです。手の内をべらべら喋る時点で、貴方はまだまだ頭のおめでたい、お子様なのですよ。貴方自身には恨みはなにもありません。ですがなかなか素行がよろしくないようですし、第二王妃が貴方を王位になど、望めぬようになるくらい心をへし折ってあげましょう。玉座になど座れぬようにズタズタに」
そう言いながら、商人は王子を守ろうとしようと飛び掛かってきた、護衛騎士をモーニングスターで薙ぎ払い、悪魔のような笑みを浮かべるのだった。
★★★
「あーはっはっはっは!!これですよ!!やはりこうでなくては!!!
泣き叫んで、逃げて、命乞いをしてくださいっ!!!」
と、はたから見ると、悪者にしか見えないセリフを吐きながらモーニングスターをぶんぶん振り回して王子たちを蹂躙しているヴァイスを見て、ヴァイスの部下はため息をついた。
最初は威勢のよかった王子もいまでは涙目になりながらヴァイスから逃げ惑っている。
襲撃者たちはヴァイスにいいように弄ばれて阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
大体この状況になったら止めるのはキースの役目なのだが、今日はキースがシルヴィアに付き添っていて、いないため、突っ込み不在なので誰一人止めるものがいない。
(明日の朝ごはん何にしよう……)
とりあえず部下もどうしていいかわからず、現実逃避をはじめるのだった。








