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52話 不安

「ヴァイス様は大丈夫なのでしょうか?もう三日も目を覚ましませんが」


 点滴を見ながらキースさんが心配そうにつぶやいた。


 あれから、私の作ったポーションは成功して、ヴァイス様の病は完璧に完治した。

 だけれど、あれは魔力に異常反応する防衛能力を正常に戻す薬であって、体力回復効果のある薬ではない。正常に戻ったことによる、リバウンド効果で一気に疲れや、その他負担のかかっていた部分の魔力供給を正常に戻すために、身体が眠っている状態。


 呼吸も脈も正常。魔力数値さえ戻れば問題ないはず。


「もしかしたら一週間くらい眠った状態になるかもしれないです。でも、体には異常ありませんから、あとは目を覚ますだけです。寝ている間はちゃんと体調管理しないと」


 私が言うと、扉がノックされ、マーサさんが入ってくる。


「どうかしましたか?」


「それが錬金術協会の方がシルヴィア様に会いたいと、門の所にきております」


 その言葉に私とキースさんは顔を見合わせた。



★★★



「父の研究を詳しく聞きたい……ですか?」


 錬金術協会の人をキースさんが応接室に通してから話を聞くと、ここ最近謎の斑点ができる人が増えており、父の研究結果と似ているから、私にいちど錬金術協会にきて教えてほしいとのことだった。


「もう、斑点まで出ている人がいるのでしょうか?」


「はい。貴族のご令嬢なのですが、腕にぼつぼつと複数できはじめております。その他にも多数」


「そんな……」

 

 私は顔を青ざめる。ヴァイス様も発症するまでかなり時間を要したから、たとえ毒があってももっと時間がかかると思っていた。健常な人なら大丈夫だと。だけれど、よく考えれば、ヴァイス様が一気に悪化したことを考えたら、健常な人でも病気になってしまうほど毒性の強いものだった。テーゼの花がない今、治療法はない。

 今すぐ、エデリー商会で売っている薬をやめさせないと、病気が蔓延してしまう。

 いまならまだ、薬の服用をやめて抑制剤を飲んで治せる範囲だろう。


「わかりました、レポートを提出いたします」


「それなのですが、ぜひ一度症状のある人を見ていただきたくて、錬金術協会まできていただく事は出来ないでしょうか。できれば今からでも」


「……今からですか?」


「はい。発症する人が多くて、なるべくはやく方針を決めないといけませんので」


「そんなに多くの人が発症しているのですか?」


「はい、ぼつぼつの出ているものが多数います。……実は私もでして」


 錬金術協会の男の人が、腕を見せてくれて、確かに点々ができてしまっている。


「……これは……、父と一緒ですね」


「で、では私も死んでしまうということでしょうか!?」


 すがるように男の人が聞いてくる。

 原因はわかっている。

 エデリー商会の西部の薬草が使われている商品のせいだ。


「いえ、まだ大丈夫です。あるものを服用することをやめていただければ」


「あるもの……ですか?」


「えっと、そうですね、一度錬金術師協会の会長にお会いしたほうがよろしいですね」


 私はちらりとキースさんを見た。

 するとキースさんはにっこり笑って


「ある物とは西部の薬草を使ったエデリー家の商品です。それを今すぐ使うのをやめるように協会長にお話しください。シルヴィア様を外に出すことはできません。主に固く禁じられていますので」


 と、答えた。


「な、何をおっしゃっているんですか!? 謎の奇病で国の一大事ですよ!?」


 錬金術協会の男の人がキースさんに食ってかかる。


「原因はお伝えしました。あとはそちらで対処するのが筋かと。奥様の外出はお断りさせていただきます」


 キースさんは、手をあげると、侍女の人が扉をあけた。


「さぁ、お帰りください。こちらも忙しいので」


 そう言って、キースさんはにっこりと笑った。



★★★


「なぜ、あそこまで邪険にしたのでしょうか?」


 錬金術協会の人が帰ったあと、キースさんらくしない対応に私は不思議に思って聞いてみる。


「複数不信点があります。まず謎の奇病を調べている、それなのに街中で斑点ができたヴァイス様のことに何一つ触れてこなかったからです」


 キースさんが私に紅茶を差し出した。


「私達もヴァイス様の体調不良にばかり気をとられていて、どこまで噂になっているか、どれだけの情報が出回っているのかは、把握できていません。ですから、斑点については触れられず『倒れた』とだけ噂になっているのかもしれませんが、そのことにすら触れてこない」


 そう言ってティーポットをサービスワゴンに置いた。


「それ故、エーデル家の名前を出してみましたが、彼らの反応は薄かった。

 なぜ、そう思ったかなどの質問すらない。それも気にかかります。他にも気になる事が数点。錬金術協会にいくとしても旦那様の指示を仰いてからのほうがよろしいかと」


「わかりました。ですが対処方などを書いたレポートは作成しておきます。それを後で錬金術師協会へ届けていただけますか? 工房でレポートを作成してきます。ヴァイス様に何かあったらすぐ連絡をください」


 私の言葉にキースさんがかしこまりましたと笑ってくれた。

 確かにキースさんの言う通りだ。それに今外に出て、出ている間にヴァイス様になにかあったら対応できない。


 それにしても、斑点までできてしまっているなら、もっと悪化している人もいるかもしれない。ミス・グリーンに、テーゼの花と同じ成分がある薬草があるかどうか調査依頼したけれど……。テーゼの花の成分はかなり特殊な成分だ。見つかるとは思えない。


 つまり、いま特効薬が何もない状態。


 ……なんとか酷いことになる前に止めないと。


 それに……。


 私はちらりとヴァイス様の部屋の方向を見る。

 

 みんなには大丈夫と言ってはみたけれど、ヴァイス様が目を覚まさないのはいい兆候じゃない。もしかしたら、薬を飲ませる前に脳まで硬質化が進んでしまって、脳の細胞が一度壊れてしまった可能性がある。


 でもそれを言ってしまったら、現実になってしまう気がして、みんなを不安にさせてしまう気がして言えないでいる。


 大丈夫。ヴァイス様なら絶対目を覚ましてくれるはず。


 だから、私はヴァイス様が起きるまで、出来る事をしておかないと。


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