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51話 戻ってきて


「よし、用意できた」


 私は工房に書いた大きな魔方陣の中においたポーションを見つめた。

 熟成を早めるエデリー家に伝わる秘伝の錬金術。

 成功したのは学生時代一回だけ。

 それ以後は、レックスに何か言われるのが怖くなって試す事すらなくなっていた。


 でも――。


 大丈夫、今の私ならきっと出来る。

 いや、出来なきゃいけないんだ。


 マイナスイメージを持つのはいけない。

 錬金術に一番必要なのは信じる力と、錬金術を教えてくれた祖母が言っていた。自信に満ち溢れていた時代にできて、働いてからできなかったのは、きっと私に自信がなかったからだ。


 ――大丈夫、私ならできる。信じよう。私自身が信じられなくても、私を好きだといってくれるヴァイス様の言葉を。私を凄いと誉めてくれたミス・グリーンの言葉を――


 いつだってまっすぐに気持ちを伝えてくれて、私を好きだと言ってくれて、私のためにいろいろしてくれて。ヴァイス様が愛してくれている私を信じる。


 なんでもできるあの人が愛してくれた、私自身の力を。


 恐れるな。


 イメージするのは成功すること。ただ一つ。


 私は大地から、空から、そして地中奥深くから、すべての気を集めるようなイメージで集中する。


 ふわりと、妙な浮遊感に襲われて、魔方陣が光始めた。


『わが言霊に答えよ天よ、地よ。光よ。闇よ。錬金術師の神レルテーゼの寵愛をうけし、わが血筋にその力を』


 魔術語を唱えると魔方陣がさらに光りだし、力が凝縮される。


『どうか願いを――』


 魔術語とともに――ポーションが激しく光りはじめた。


 濁流する魔力の渦に飲まれそうになり、吐きそうになる。

 いつもここで中断してしまって失敗していた。


 でもくじけられない。


 出来ない自分を変えるんだ。ここで完成させて、ちゃんとできる自分に。

 そしてヴァイス様の隣をあるける強さを――。


 濁流する魔力の流れを自らに押し込むように。

 気持ちを集中させる。


『エデリー家のその力を!!!』


 願った途端、金色の光に包まれた誰かが現れる。


――やっと声が届いた。ああ、こうやって声が届くのはいつぶりかしら?愛しいあの子のその血と魂のかけらを継ぐ者よ――


 その声とともに私の中で何かがはじけた。



★★★



 意識が混濁していた。

 

 死ぬのかとぼんやり考える。

 声を発しようにもまた身体が言う事を効かなくなり、口からヒューハーと空気が漏れるだけ。


 時折心配そうに声をかけてくる声が聞こえるが、それがキースなのかマーサなのかも判別できなくなっている。


 もう無理かもしれない。

 思いのほか進行がはやい。シルヴィアが戻ってくるまでももたない可能性もある。


 自分はいつ死のうともきっと笑って、走り抜けた人生に満足するだろうと思っていた。


 それなのに、あのまっすぐなエメラルドグリーンの瞳の彼女に魅かれてからは、死というものが恐ろしくなってしまっていた。


 前の自分だったら、恋を知れて貴重な体験ができただけ、よかったと笑って逝ったのだろう。けれど――彼女を残して逝きたくない。


 自分が死ねば、キースたちもこの国から退去せざるえない。

 そして彼女はこの国から出られない。

 マーサにだって家族がある。

 彼女を守れる力のある者が誰一人いなくなってしまう。


 やはり無理にでも結婚をしておくべきだったのではないか、何故また自分は最悪の選択肢を選んでしまったのか――。


 それでも、彼女の事だ、きっと応じはしなかっただろう。

 浮浪者になろうとも顧客を守ると誓ったように。

 彼女の瞳が美しく輝くその時は彼女の意思の強さが現れている。


 その強さ故魅かれたのだ――仕方がない。きっと自分はあの美しい瞳の前では逆らえなかっただろう。


 ふと、何か冷たい感触を感じた。

 一部の触覚がマヒしているのかどの部分からかもわからない。けれども何かが体に入ってくる。


「お願いです、戻ってきてください。ヴァイス様」


 声が――聞こえた気がした。


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