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21話 忌々しい

 

「薬の原料を取引していた国外の取引先がほぼすべてがランドリュー家に横取りされた?」


 エデリー商会の執務室でマリアが事務員の報告に悲鳴に近い声をあげた。

 そう、シルヴィアを取り戻そうとした日以降急に仕入れが前以上に難しくなったのだ。


「はい。ランドリュー家が化粧品に錬金術を取り入れる事業をはじめるとかで。いままではシルヴィア様がなるべく安いところから仕入れていたのですが、その時取引があったところが根こそぎやられました」


「どうしてそんなことに!?」


「継続契約を申し込んで値段もこちらの倍で引き取ると」


 事務員の報告に、マリアがばんっと机を叩いた。


 ――経済は一国で回っているわけではないのですよ――


 あの時のあの男の性悪な笑みが脳裏に浮かぶ。


「国内でとれる薬草に切り替えてポーションをつくりなさい!こんなことで負けてなるものですか」


 そう言って席につく。


 本当にあの男は忌々しい。

 他国の令嬢カトリーヌを誘致が誘拐したと罪に問われ、不問にするかわりに多額の示談金を請求された。その支払いだって大変なのに、さらにポーションの原料の買取の邪魔までしてくるなんて。


(あの男をこのまま国に返してしまってはダメよ。

 この国から離れてしまったらどんな嫌がらせをしてくるかわからない)


 それにしても数日後にはエデリー商会の200周年パーティーだというのに面倒なことになった。このパーティーでサニアを妻と紹介したかったがためにリックスは無茶な離婚をしてしまうし、シルヴィアがいなくなったせいで店はガタガタ。



 ――おや、逆ではありませんか?商売のいろはもわかっていないくせに、彼女に全部押し付けて、軌道にのっていたのを自分の手柄だと思い込んでいる――



 ヴァイスの言葉が脳裏に浮かぶ。


(違うっ!違うわっ!あれには雑用をやらせていただけ、この家を支えていたのは私!

 シルヴィアはあくまでも助手で、主導権は私にあったはず!


 なんとか200周年パーティーで盛り返さないと。

 盛大にやって顧客や取引先を増やしてみせる。


 私の実力だとわからせてやるのよ――)


 マリアはぎりっと手近にあった書類を握りつぶすのだった。


 ★★★


 ……はぁ。


 隣で眠るサニアの姿にリックスはため息をついた。

 シルヴィアがいたころは、きゃぴきゃぴした言動が可愛く感じられたのに、なぜか結婚してからはサニアの言動ひとつひとつがうっとおしくなってきたのだ。


 それに――。


 カフェで再開したシルヴィアの姿を思い出す。


 ここにいた時には想像がつかなかった。

 見違えるほどに綺麗になり、おびえたように視線を逸ら姿が今も忘れられない。

 弱弱しくうつむく姿に胸が高鳴った。


(なのに、あんな男に浮気するなんて……)


 醜悪な笑みを浮かべたまま息を吐くように罵りを吐く黒髪の男の姿が浮かんで、リックスは歯ぎしりする。


 いや、思い出せ。自分を見た時のシルヴィアの姿を。

 さみしそうでいて、それでいて唇をかんで今にも泣きそうだった。


(もしかして、あの男に脅されていたりしないか?


 だいたい、ああいう毒舌男をシルヴィアは嫌いだったはずだ。

 生活費のために仕方なく結婚したのかもしれない。


 あの時もっとお金を渡していたらこんな事にならなかった。

 いやそもそもサニアが母がいないうちにシルヴィアを追い出して結婚しようなんて言わなければこんな事にならなかったのにっ)


 リックスは眠っているサニアを思いっきりにらみつけるのだった。




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