十一話 人質大作戦
フォルテが一歩前へ出る。
大剣を持った彼女の持つプレッシャーは相当なもので、それだけで黒子戦闘員は逃げ出したくなる心を押さえつけ、足を地面に縫い付ける。
勝てる訳がない、抗える訳がない、故に戦う意味もないが、それでも戦闘員は必死に道化師の前に立ちはだかる。
当然、自分たちの命が掛かっていれば一目散に逃げるだろう。だが、消されても体調不良を引き起こす程度だからこその行動だ。
「そこを退いて。私は怪人に組する人間は倒す。けど、出来る事なら戦いたくはない」
黒子戦闘員の中の人は世界征服機関傘下の人間であり、躊躇していたら怪人とは戦えない。フォルテは、そう考えていたが、今回は事情が違った。
「オイオイ、フォルテ。そこ子たちは、ただのアルバイトだゼ?学生のお小遣い稼ぎを妨害してまでボクを倒すのカイ?」
「なっ……!?」
フォルテの顔が驚愕に歪む。が、すぐに冷静さを取り戻し、怪人へと問いかける。
「……なんで学生アルバイトが、わざわざ怪人を守るのよ」
「時給が高いカラじゃないかネ?時給1700円で募集かけたしネ。しかも、100円でお弁当付きだ」
「ちょ、何よ、それ!」
破格の時給にフォルテが素で叫ぶ。むしろ、自分が参加したいくらいだった。
「ところで彼らは一人暮らしをしていたり、兄弟が多かったり……色々な理由で、金銭面で苦労してる学生諸君だ。キミは如何なる理由で、そんな彼らのアルバイトを邪魔シヨウと言うのだ!!」
顔に手を当て、フォルテを指差しながら背を逸らす道化師。自分で仕組んだ癖に実に偉そうである。
弱みに付け込んだ手段とも言えるが、それでも黒子戦闘員たちは進んで今回のアルバイトを受けた。ちなみに、フォルテは知らないが、もし撃破され体調不良に陥った時は、ちゃんと見舞金が振舞われる。
彼らはアルバイトであり、時給制だ。フォルテの邪魔によりビラ配りが中断されてしまえば、当然、給料は、そこまでしか支払われない。それくらいなら、一日無駄にしてでもフォルテに撃破された方がずっと良いと考えているのだ。
フォルテとしても、有事の際ならば、戸惑わずアルバイト達を撃破しただろうが、今、怪人が行なっているのは、ただのビラ配りだ。
彼女自身一人暮らししている事もあり、黒子戦闘員の気持ちも分かってしまう。相手が怪人と言うだけではアルバイトの邪魔をするには理由が薄い。
そうして、熟考した結果……彼女は大剣を地面に突き立てた。
「……不本意だけど、今回の貴方の活動は害がないと考え、邪魔はしない。けど、信用は出来ないから監視はする」
「どうぞ、ドウゾ。あぁ、良かったらフォルテも一枚ドーゾ」
道化師が差し出すビラの一枚を乱暴に受け取り、横目で見た瞬間、それに付属している物に目を奪われる。
イラッと来るキメポーズの道化師と、選挙ポスターの様な煽り文句。その下に付いているのは、各店で使える割引券だった。流石機関ともいえるべき幅の広さで、ビラから切り取らずに店に出さなければいけないという仕様上、券だけ切り取られて捨てられる事はない。
特にフォルテが……というか、この場合、雪夜の目を引いたのは、ドラッグストアの10%割引券だ。女の子である以上、その辺りで使う金額は決して少なくない。
「う……ど、どうも」
本当に無駄なビラなら、躊躇わず受け取ったのに、下手に有用な物だから受け取りにくい。それでも、雪夜としての自分に勝てず丁寧に折り畳むフォルテ。
そのまま立っていようかと思ったが、黒子戦闘員の一人が、小さな背もたれのついた椅子を持ってきてくれたので、ぎこちなくお礼を言い、腰を下ろす。座り心地は決して良くはなかったが立っているより随分と楽だ。
そのまま、何気なく道化師を見ているが、本当に今回の仕事はビラ配りだけのようだ。時折、話しかけられると愛想良く対応し、場合によっては握手までして、また仕事に戻っている。
「……なーに、やってるのかしらねぇ、アイツ」
『私たちと怪人の戦いの本質は、支持率よ。世界征服機関の悪評が広まれば異世界人に居場所はなくなる。逆に、彼らが受け入れられたら、戦ってる私たちが悪になってしまう。その点で見れば彼は怪人虚狼より、よっぽど厄介ね』
アリスの言葉はフォルテにとっては複雑なものだった。
彼女は未だに「大襲撃」を忘れてはいない。世間一般的には、大襲撃は異世界人の一部が勝手に起こした暴動であり、彼らに対しては女王自身が粛清に動き、機関にとっても世界によっても大犯罪者になっている。
その傷は大きかったが、機関が積極的に活動した事により致命傷とはならなかった。だが、遺恨は残っている。
大襲撃に巻き込まれた彼女は、幸いにも家族の誰一人として欠ける事なく、無事に平和な生活に戻ったが、彼女が抱いた異世界人への不信感は今も消えていない。
なのに、彼らと戦って何故、自分が悪になるのか。
今はフォルテが圧倒的人気を誇っている為に何も問題はないが、これから先、道化師の活動次第では、危なくなってしまう。
「フォルテー、フォルテー」
「むっ」
これから先に憂いを抱く彼女を能天気で抑揚の強い声が呼ぶ。
見ると道化師が何やら木材を積み重ねたオブジェの前でぶんぶんと子供のように手を振っていた。フォルテとしてはゲンナリする光景だ。
「何」
「怖いヨ、キミ。まぁ、イイヤ。コレに火つけてクレない?」
木材を積み上げたオブジェを指差す道化師。どうやら、焚き火で暖をとろうとしているらしい。
「……何で私が。ていうか、火事にでもなったらどうするの」
「良いじゃないカヨー。コレモ、集まってくれた人の為だヨ?清掃に回っテル黒子を2人程見張りに付けるからダイジョウーブ!!」
両手を広げアメリカ人の様なポーズで溜息を吐く道化師。ちなみに、周りにいる黒子戦闘員も完全に息のあったタイミングで同じポーズをとってるからフォルテからしたら鬱陶しい事、この上ない。
いっそ、道化師を燃やしてやろうかと考えるのも当然だろう。
「自分でやりなさいよ」
「ボク、魔力少ないんダッテ」
「……仕方ないわね」
『貴方って意外と優しいよね』
「…………」
そういえば魔力はDだったっけ。と思いながら引き受けるとアリスが茶々を入れてくる。怪人以外には、心優しい少女なのだが、当人は余り認めたがらない。
レーヴァテインを軽く一振りすると、砂金のように輝く火の粉と紅い炎が渦巻きオブジェを焼く。少し火が強すぎたのか、派手に炎が燃え上がるが許容範囲内だろう。
それを見ていた観客からの歓声と拍手を無視して椅子に戻り座ったのは単に照れくさかったからだ。
再びレーヴァテインを地に刺し座り、道化師の活動を見学していよう。
そう思ったフォルテだったが、どうにも先ほどのパフォーマンスが、フォルテに対する距離感を埋めてしまったようで、話しかけてくる人々の対応でフォルテも微妙に忙しくなってしまった。
道化師さん、結構、卑怯な事します。怪人ですし!
書き溜めがなくなってきたので数日したら更新頻度落ちるかと思います。




