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09 遠巻きですか?

 教室の席は自由だと兄から聞いていたので、ビアンカは真ん中の目立ちそうな席は避けて窓際へ行く。


 始業時間が近づくにつれ生徒の数は増えてきたが、クラスメイトはビアンカを遠巻きにしているだけで、誰も声をかけてこない。


 教室から浮いているようで、居心地の悪さを覚えた。周りからひそひそと話す声が聞こえてくる。

 

 この学園でビアンカはあまり人気がなかったようだ。数か月ぶりの学校と言うのに、声をかけてくる者は誰もいない、ここでも歓迎されていないのだ。そのことに落胆する。


 自分は嫌われていたのだろうかと考え始めたころ。アッシュブロンドの女の子が声をかけてきた。


「あの、ビアンカ様、ですよね?」


 初めて声をかけてくれた。嬉しくて泣きそうになる。しかし、やはり彼女も「ビアンカか?」と確認してくる。なぜ?


「はい、そうですが、私は記憶がなくて。あの、あなたは?」


 ドキドキしながら返事をした。


「ご事情は存じ上げております。私はレジーナと申します。ハイランド伯爵家の娘です」


 おずおずと彼女は自己紹介を始めた。どうやら勇気を出して、一人ぼっちのビアンカに声をかけてきてくれたようだ。


「あの、おとなり宜しいでしょうか?」

「え、ええ、もちろん、どうぞ」


 ビアンカは嬉しそうに何度もこくこくと頷くと、彼女の為に隣の椅子を引く。


「お兄様、とても、素敵な御方ですね。私はいつも遠くからしかおみかけしたことがなくて、教室にいらしたときには驚きました」


 兄は皆の注目をあびつつも妹を教室まで連れてきてくれたのだ。帰る時まで注目されていた。上級生が下級生の教室に来るのは目立つらしい。少し気の毒なことをした。


「はい、とても気さくな人なんです」

「まあ、そうなんですか?」


 レジーナが驚く。


「はい、兄は見た目は少し冷たそうですが、とても親切です」


 ビアンカも最初に兄を見たときは物凄くとっつきにくそうな感じがしたが、逃げずにビアンカの面倒を見てくれるのは彼だけだ。


「ビアンカ様はてっきり、もう一人のお兄様と仲良くしているのかとおもっていました」


「そうなんですか?」


 ジュリアンのことを言っているのだろう。以前はそんなに仲がよかったのだろうか? 今も仲が悪いわけではないが、どちらかと言うとサティアスの方が一緒にいて安心できる。


「ええ、時々、カフェテラスで、お茶を飲んだり、ランチを一緒にとったりしていらしたわ」


 そんな関係だったのかと驚いた。いまのジュリアンは愛想はいいものの、どこかよそよそしい感じがする。一方サティアスはとても冷たそうで無表情なことが多いのに、頼るとこたえてくれる。


 その後、鐘がなり授業が始まった。



 レジーナはとても親切で学舎内を案内してくれた。棟ごとにあるという図書室に、天井が高くシャンデリアの豪奢なサロン、独立棟の図書館、校内見学は見どころがいっぱいだった。


 ビアンカにとっては初めて来る場所なので、新鮮だ。記憶喪失は不安なことも多いが、結構楽しめるのではないかと思った。


 午前の授業が終了し、カフェテラスではエレンという少女が合流した。一緒にランチをとることになったのだ。


「ビアンカ様、本当に私がご一緒しても?」


 なぜかエレンはぷるぷると震えている。茶色くやわらかな髪を持つとても可憐な少女だ。


「あら、そんな、私がお仲間に入れていただいているのに」


 などと二人で譲り合うというひと騒動あったあと、三人は同じテーブルにつき食事が始まった。どうやら、ビアンカはエレンから恐れられていたようだ。


 心配になり「以前、私が何か失礼を?」と聞いてしまった。しかし、別段何もなかったようだ。


 彼女は自分が末端の伯爵令嬢という身分を気にしていただけだった。同じ爵位でも家格というものがあり、レジーナとはずいぶん違うのだという。


 公爵家が偉いというのは分かるが、記憶のないビアンカに身分の違いはいまひとつピンとこない。


「この学園に身分の差などないのではないですか? 校則にそうありましたけれど」


 ビアンカがきょとんした表情で言ったことで、場に和やかな空気が流れだした。


「まあ、ビアンカ様、それしか召し上がらないの?」


 レジーナがビアンカのプレートをしげしげと見ている。スープ、アスパラガスのサラダにサンドイッチ、ビアンカにしてみれば、普通の量だ。そういえば、屋敷の使用人もビアンカの少食に驚いていた。


「はい、なんだか、少食に慣れてしまって」


 二人が驚きに目を見開く。


「私、以前、そんなに食べていました?」


 ビアンカが不思議そうに問う。


「あ、いえ、そんな」

「そんなことないですよ」


 二人はそろって慌てたように首を振る。その目は若干泳いでいた。

 

 彼女達は知っている、以前のビアンカが大食漢だったことを。昼食を二人前食べ、食後にデザートをペロリと三人前平らげると有名だったのだ。


 もちろん、その頃のビアンカには取り巻きがいて、こうしてレジーナやエレンと食事をすることなどなかった。そしてその取り巻きは彼女が行方不明になり婚約が解消されたという噂が流れるとともに解散してしまった。


 しかし、記憶のないビアンカにそれを伝えるのは抵抗がある。前のビアンカは近寄りがたかったが、今の彼女はどこか頼りない。

 

 痩せて美しくなって見違えたが、見かけだけではなくて性格も変わってしまったようだ。


 以前は隙がなくいつもピリピリとしていたのに、今はのんびりと話しどこかふわふわしている。ときおり、とても心細そうで、いたって素朴な感じだ。彼女を傷つけるようなことは言いたくない。

 

 纏っている雰囲気のせいか、全く別人のように見える。しかし、彼女は、どこからどう見てもビアンカ・ケスラーだった。






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