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43 ビアンカ、城から戻る

 ビアンカは屋敷に着くなり、出迎えたメイドに、サティアスの居場所を尋ねる。早速、彼の待つサロンに走った。

 扉を開けた先に兄がいた。しかし、その表情は分からない。ビアンカの瞳は涙にぬれ、辺りは霞んで見えていた。


「お兄様! 良かったです。ご無事で」


 ビアンカは崩れ落ちそうになった。それをサティアスが支える。


「済まない。すっかり、心配をかけてしまったね。体は大丈夫なのか? 後でもう一度医者に見せよう」


 サティアスは、ハンカチでビアンカの涙を拭ってやる。子供の頃のように。


「良かったです。本当に、お兄様、ご無事で良かったです」


 安心したら、力が抜けてしまった。サティアスはビアンカをソファに座らせる。使用人をサロンから下げ、手ずから茶を淹れてやった。

 彼女が少し落ち着いたのを見計らって口を開く。 


「ビアンカ、ありがとうと言いたいところだが、どうして勝手に書類を持ち出したんだ。僕に預けてくれないかと言ったよね? それにとても無茶をしたようだ。後でハイランド家に詫びを入れないと」


 サティアスは少し腹を立てているようだ。ビアンカはどきりとする。兄の言いつけに背いて勝手なまねをした。


「あ、あの、ごめんなさい。お父様が、お兄様を家から放逐するとおっしゃっていると聞いて慌ててしまって」

「ビアンカ……」

「あ、あの、父が本当にごめんなさい」


 ビアンカが頭を下げる。


「お前が父上のことで謝る必要はないだろう?」

「私の父だから……」


 ビアンカがぎゅっとスカートを握る。その手は青白く血の気を失っていた。


「ビアンカ、僕の父でもあるんだよ」

「でも、それは書類上の事で」


 サティアスが首を横にふる。


「前に言ったろう? あの人には育ててもらった恩があるって。まあ、今回の件で公爵からは即刻退いてもらわなければならないが」


 ビアンカがこくりと何度も頷く。


「ええ、メイド達がみなお兄様のことをご主人様と呼んでいましたからね」

「すぐに爵位を継ぐわけではない。僕は未成年だ。しばらく当主不在だから暫定的なものだよ。だからビアンカ、どうかそんなに恐縮しないで」


 サティアスの言葉が、不安そうに揺れる。


「二人で、これから先のこの家のことを一緒に考えよう」


 ビアンカが、悲しげな瞳を上げる。


「ジュリアン兄様とお母様のことはどうなさるおつもりですか?」

「そうだね。まずはジュリアンの事なのだけれど」

「はい」

「温室に行くように言ったのは、ジュリアンだよね?」

「それが、何か……」


 嫌な予感がした。


「あの日、フローラは招待されていなかったんだ」

「お兄様が招待されたと聞きました」

「違うよ。フローラも最初はそう証言していた。それで僕が事情を聴かれるはめになったんだ」


「なぜ、フローラ様はそんな嘘を? それにジュリアン兄様は……」


 混乱する頭で考える。父母が余計な横槍を入れない限り、サティアスがフローラを招くわけない。なぜ、ジュリアンがそんな嘘を吐いたのか?


「フローラは僕を恨んでいたようだ」

「なぜですか?」

 

 初めて聞く話だ。


「二人に別れろといったからだ。結局、その後殿下はフローラと別れた」

「まあ、お兄様そんなこと!」


 ビアンカは驚いた。兄がそんな大胆なことをしていたと思わなかった。


「それから、フローラを招いたのはジュリアンだ」


 そんな気はしていた。ずきりと胸が痛んだ。


「ジュリアン兄様が……。私、憎まれていたんですね」


 彼から嫌われていると思ったことはなかった。悲しい事に、なんの心当たりもない。知らずに傷つけていたのだろう。ビアンカの心は塞ぐ。


「それは違うよ。ビアンカ。ジュリアンにしてみれば、軽い気持ちだったんだ。絶対に許せないことだけれどね」

「軽い気持ち?」


 ビアンカが瞳を瞬く。


「なんというか説明が難しいのだが、彼には心がないんだ。人の痛みや悲しみが分からない。ジュリアンの周りでは不審な事故が多くてね。どうもいろいろと余罪があるようだ」

「そんな……そんな事って」

 

 信じられない気持ちと、どこか腑に落ちる思いの間で心が揺れる。夢みるようで、つかみどころのなかったジュリアン。彼はいったい何をしたのだろうか。兄の言葉にビアンカは不安を覚える。


「それで、ジュリアン兄様は、今、どうなさっているのですか?」

「後で詳しく話すが、家から追い出した」

「え、追い出したんですか?」

「もう、ケスラー家の人間ではない」


 追い出したなどと尋常ではない。またもビアンカは展開に追い付けなくなった。いったい自分が留守の間にこの家で何があったのだろうか?


「一人で、無一文で?」


 不安な様子で言う妹にふっとサティアスが微笑む。


「ビアンカは優しいんだな。金は結構持っているはずだよ。さっき調べたけれど玄関の飾りの花瓶や壺を使用人を騙して売っぱらっていた。前々から、出奔するつもりだったんだろう。確認した限りでは、応接室の飾りも偽物とすり替えられていた。他の部屋もやられているかもしれない。」

「えーー! そういえば……玄関ホール、スッキリしていましたね」


 とんでもない話に、ビアンカが驚いて目を丸くする。


「あら、お兄様! この水差しもいつものと違う!」


 以前は凝った意匠のものが置いてあった。


「ああ、すっかりしてやられたよ。それは予備」


 サティアスが仕方ないというように肩をすくめる。


「大金を手にしたってことですかっ!」


 ビアンカが立ちあがり部屋を見回す。


「……まあ、生きて金が使えればの話だけれど」


 サティアスの小さなつぶやきをビアンカは聞き取り損ねた。


「え、お兄様、いま何か?」

「いや、なんでもない」


 そう言ってサティアスは苦笑する。


 ビアンカは突然の出来事に戸惑うばかりだ。


 彼女がいぬまに、サティアスとジュリアンの間に何かがあったのだろう。それを思うと胸がざわつく。詳しく知りたい気もしたが、サティアスはきっとすべてを話さない。


 何をどこまでビアンカに明かすかを決めているはず。思えば、彼はいままでもそうだった。しかし、それはきっとビアンカを慮ってのこと……。


 サティアスもジュリアンに恨まれていたのかもしれない。きっとフローラに次兄がいろいろ言い含めたのだろう。サティアスのせいにするように。

 ビアンカはその考えをふり払うように首を振る。

 

「それで、お母様はどうなさっているのです?」 

「先ほど父上の後を追って慌てて城に向かったよ。あの人は何も知らなかった」

「そうなのですか……。ジュリアン兄様がいなくなって、さみしいのではないのでしょうか」


 サロンにはしばししんみりとした空気が漂った。


 







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