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40 ジュリアンの言い分


「意図的に、フローラ嬢をバルコニーに誘導したのか?」


サティアスの問いにジュリアンは首を横にふる。


「誘導なんて人聞きの悪い。ビアンカが、いまバルコニーにいるから、行かない方がいいよと教えただけだよ。二人は仲が悪いからね」


「つまり何もしていないと言いたいのか」



「そうだよ、兄上。それどころかただの親切だ。飲み物をとってきてから、ビアンカのいるバルコニーへ向かおうとしたところ、友人たちに捕まってしまって、話していたんだ。ほら、僕、友達多いから」


 ジュリアンが人好きのする笑みを浮かべる。


「それが、お前の言い分か」


「なんか、その言い方ひっかかるなあ。今回も前回も僕は何の罪も犯していない。まるで犯罪者扱いだな。あの薬だって、フローラが眠れないというから、処方してあげただけ。もっとも僕はまだ薬師の資格はとっていないから、違法になるのかな? でも金はとっていないよ」


 ジュリアンに悪びれた様子はなく、むしろ楽しそうに語る。その姿に邪気はない。


「フローラは招待客には入っていなかった。お前が『兄上から頼まれた』と言って招待状を出したそうだな。僕の名を騙りいろいろと工作してくれたな。その意図は?」


 サティアスが淡々と聞いてくる。


「意図? 意図ねえ、なんて答えればいいのかな。兄上の納得のいく理由を言えばいいの? 例えば、父母揃って遊び人で、僕は魔力がなくて、兄妹に馬鹿にされて、みじめな思いをして育ったとか。母の醜聞が付きまとって『不貞の子』と呼ばれて辛いとか?」


「お前は、馬鹿になどされていないし、父上にも、母上にも可愛がられていただろう。『不貞の子』? そうかもしれないが、皆、人好きのするお前に同情的ではなかったか?」


「だよねえ。僕って人に好かれるから。親は頼めばなんでも買ってくれたし。どんな成績でも褒めてくれた。でもあれって愛情とは違うんじゃないかな。兄上とビアンカに見せつけたかったんじゃないの? でも、そうすると、みじめな思いをして育ったのは兄上とビアンカってことになるのか」


 ジュリアンが考え込む素振りを見せたかと思うと笑いだす。


「ふふ、あはは、そう考えると兄上もビアンカもかわいそう。不憫だよね。だって、兄上から事情を聴きたいのなら、この家のサロンか応接室でも使えばいいのに、城に連れていかれるなんて、庇ってもらうどころか差し出されるなんて、あなた父親にどれだけ嫌われてるの?」


 しかし、サティアスはその挑発には乗らない。


「お前は何もしなくても子爵領を受け継ぐことに決まっていた。ビアンカを亡き者にしたところで、魔力がほとんどないお前に公爵家は継げない。魔力なしの当主が二代続くことがないという事はお前も承知しているだろう。ビアンカを傷つけ、僕を陥れた真意はなんだ」


 するとジュリアンが、困ったようにぽりぽりと顎を掻く。


「こまったな。またそれ? 理由付けが欲しいんだね。僕としては、どうとってもらっても構わないのだけれど。

 真意と言われてもそんな物始めからないんだよ。

 ただね。このまま、学校へ通って卒業して、子爵領を継ぐ。それが、急につまらなく思えて……。要するに退屈になっちゃったんだ」


 そう言って軽く肩をすくめる。


「退屈?」


 サティアスが目を眇める。彼の前にふわりと青白い炎が生れた。部屋の気温がさらに上昇する。


「やだな魔法使いって。ねえ、その物騒な炎ひっこめてくれない? この部屋さっきから暑くてたまらない。不思議な色合いの炎だね? もしかして、ケスラー家の万物を燃やす炎ってやつ?」

「良く知っているな。というよりもなぜお前が知っている?」


 室温がさらに上がるが、サティアスの声は反比例するように冷たい。


「一応、ケスラー家のことを勉強したからね。ねえ、その炎で、ご先祖が国に仇為す要人を跡形もなく暗殺したって話だけれど本当なの? 骨も残らないって……ただの伝承じゃなかったんだ。

 仮に、その炎が本物ならば、兄上はケスラー家の直系ってことだよね? それとも、こけおどしの偽物……のわけないよね。この温度の上がり方異常だもの」


 涼し気な兄とは対照的に、ジュリアンは先ほどから汗が止まらない。


「魔法には興味がないふりをして、父上の部屋に入り込み、この家の機密文書を無断で読んだのか。呆れた奴だな。なんなら、骨まで消えるかお前で確かめてみるか?」


 ジュリアンはおどけたように、ふるふると首を横にふる。


「怖いなあ、おどさないでよ。

 ん? あれ、何かがおかしいな? 兄上が直系なのに、父上はなぜ嫡子からはずした。朱色の瞳の子がこの家を継ぐなんて言いだしたのは、父上からだし……。

 まさか、父上は誰かから家督を乗っ取ったってこと?」


 ジュリアンが驚きに目を瞠る。サティアスは反省のひとかけらもなく己の欲を満たそうとする弟にしびれを切らす寸前だった。


「やるなあ、父上! ええっと、父上はどんな手を使ったのかな。ん? ということは……兄上はあの人の子じゃない」


「いい加減にしろ、お前のくだらないおしゃべりに付き合っている暇はない。いう事はそれだけか?」


 サティアスが一歩前に出たので、ジュリアンは押されるように退く。


「冷たいな兄上は。とりあえず『屑の血』を引いてなくて、おめでとうってことでいいんだよね。

 どうりで帰りが早かったわけだ。父上に放逐される前に、自分で直系の証を立てたんだね。それで燃えない物――剣とか楯とか――燃やして証をたてたの? え、ちょっと見たかったな。それともそうやって炎をチラチラさせて陛下を脅したの?」


 好奇心に目を輝かせ、矢継ぎ早に質問する。


「で、父上はどんなからくりを使ってこの家の当主になったの? まあ、父は前々から周りから疑惑の目を向けられていたけれど。この家の当主にしてはお粗末だって。

 残念、まだこの家にそんなおもしろい謎が残っていたのか」


 ジュリアンが初めて悔しそうな表情を浮かべる。


「いい加減にしないかっ!」


 しかし、弟に兄の怒りは届かない。


「ついうっかり、父上に兄上の放逐を進言しちゃったよ。ちょっと邪魔だったから」





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