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28 誰?


 しかし、懲りずにビアンカは次の日も秘密の部屋へ行く。まるで焦燥感にかられるようだ。自分の中に巣食う不安を打ち消したい。ただそれだけの思いで通ってしまう。だが、探索時間は限られているし、目ぼしい成果はなかった。それにいくつか書類があったが、知識のないビアンカにはそれが何を意味するのかわからない。


 几帳面な兄に家探したことがばれないように、書類の端を丁寧に揃える。いや、多分、バレるだろう。



 徒労に終わり、がっくり来たところで、部屋の隅にかかっている大きな布に気づいた。絵画を覆っているのだろうか。そこだけ埃をかぶっていない。サティアスが手入れしているのかもしれない。だとしたら、きっと大切なものだ。


「お兄様、ごめんなさい」


 などと祈るようにつぶやきながら、布を引っ張る。立派な額縁に収まった姿絵が一枚出てきた。若い男女が描かれている。夫婦のようだ。

 よくよく見ると男性の方に見覚えがある。大分若く少し美化されているが、これは……父だ。そしてその隣には見知らぬ美女が。


「え、この人、誰?」


 行き当たりばったりだったが、とうとうこの家の地雷を踏みぬいた気がする。しかし、何を踏みぬいたのか分からず、「いったい誰なのよーーっ!」と叫んでビアンカの探索は二日で幕を下ろした。


 父は愛人と自分の姿絵を描かせたのだろうか? それがなぜ、秘密の部屋にあったのだろう。あの謎めいた日記にしてもしかり……。


 リリーとは誰? あの新妻に愛情たっぷりの日記は……しかも生まれてくる子供を楽しみにしている。いまの父からは想像もつかない。本当は、根は、いい人?


 父のあの様子だと、書類はほとんど長兄に代筆させていそうだが、帰ったら父の筆跡を確認してみよう。


 いずれにしてもばれたらサティアスに叱られる。というか潔癖そうな長兄の事だ。ビアンカのように他人の日記帳を盗み見るような真似をしていないかもしれない。軽蔑されそうだ。ビアンカは今になってアワアワしてきた。


 その後かなり反省し、日々まじめに勉強に取り組み、あの部屋に行くのもやめた。夜になると自室で見えない神に向かいひたすら祈り懺悔した。目ぼしい成果もなく罪悪感だけが募る残念な結果となった。





 そんなこんなで概ね穏やかな日常を過ごしていたある日、王都から呼び出しがかかった。


「ビアンカ、王都でお茶会をやるから帰るわよ」

「私も出ていいのですか?」


 今年の社交シーズンはもうどこの茶会も夜会も出られないものかと思っていたから驚いた。



「もちろんよ。家の茶会ですもの」

「え? またやるんですか?」


 少し前にこの別邸でやったばかりだ。


「そうよ。毎年王都の本邸で庭とサロンを使って大々的にやるの」


 イレーネがすまし顔で言う。それはそれでとても面倒くさそうだとビアンカは思った。


「だから、あなたも今回はちゃんとドレスを新調してね」

「はい」


 また、スチュアートとフローラが来るのだろうか。早く二人の関係を清算するか、結婚して欲しい。ビアンカは彼らとはかかわりあいになりたくない。





 三日後、ビアンカは別邸を後にした。母の予告した通りドレスを新調させられる。それなのに気分は浮き立つどころか沈んでしまう。


 せっかく長兄に新調したドレスを試着したところを見せたかったのに、彼はちょうど留守だった。ここのところ、よく父と出かけている。



 久しぶりに会ったのに忙しそうで話す暇もない。それはそれで不満がたまった。ビアンカは小サロンで勉強しつつも悶々としていた。



「ビアンカ、兄上と話せなくていらいらしているの?」


 声をかけられ顔を上げるとジュリアンだった。


「僕でがっかりした?」


 たいして残念そうな様子もなく、次兄が微笑んでいる。顔に出てしまっていたのだろうか。申し訳ない気持ちになった。


「いやだ、そんなことないです」


 ビアンカは赤くなった。


「ビアンカ、まるで兄上に恋しているみたいだね」


 がたりと椅子を立ち、猛然と抗議する。


「何をおっしゃっているのですか! サティアス兄様は実の兄ですよ。そんなことあるわけないではないですか!」

「やだな。ビアンカ冗談だよ。そんなにむきにならないで」


 ジュリアンが「ふふふ」と笑う。どうやらからかわれたようだ。


「むきになんてなっていません。ひどいです、ジュリアン兄様」


 ビアンカが涙目になる。


「まあまあ、怒らないで。ところでもうそろそろお茶の時間でしょ。一緒に温室へ行かないか」

「え?」

「ずっと育てていた花が綺麗に咲いてね。お茶でも飲みながら、眺めるのはどう?」


 ジュリアンに誘われ、思わずきょろきょろと周りをみる。イレーネはいない。どうもこの次兄は母がいないと妹をわざわざ誘いに来るようだ。社交的なぶん寂しがり屋なのだろうか。たいてい誰かといる。



 メイドや従者がついて来るなか、二人は屋敷の裏から温室に向った。とても大きくこぢんまりとした一軒家のようだ。それがそのまま公爵家の富を象徴しているかのように。


 ジュリアンに案内されて、中に入る。彼の言った通り、少し奥へ入った一角は花盛りだった。なかでもスラリと背の高い優美な花が目に入る。公爵邸の庭にもつい最近まで咲いていた。


「あれは?」

「ジギタリスだよ。気づいた? この時期は枯れてしまう花だよね」

「確かに。温室だから咲いていられるのですか」


 ビアンカの質問にジュリアンが首をふる。


「品種改良の実験をしているんだ。夏を越え秋口まで楽しめるように」

「ジュリアン兄様はあの花が好きなのですね」


 次兄は楽しいことが好きで、きっと綺麗なものが好きなのだ。とても貴族的な人。


「違うよ。母上の好きな花なんだ」

「まあ」


 母の為に何かしてあげようなどと思ったことはなかった。彼が、親に特別扱いされるのは思いやりなのだろう。今更ながらそれに気づいた。





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