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22 伏せられていた事実


 ぐるりと目がまわり、少しヒヤッとした感触があった後、執務室の姿見の前に出ていた。


「え? え! なんで?」


 ビアンカが混乱して騒ぐ。


「ビアンカ、静かに」


 口を塞がれ、しばらくバタバタした後、目顔で分かったと兄に伝え、拘束を逃れる。


「ど、ど、どういう事なのですか?」


 声は潜めつつもビアンカは興奮を抑えられない。


「鏡はあの部屋へと続く扉だ。魔力に反応して開くようになっている」

「まあ、随分便利ですね。って、あれ、お父様が知らないって、どういうことですか? ここってお父様の執務室ですよね?」


 ビアンカが室内を見回す。


「これは魔力に反応するといったろう。魔力の無いものは、ギミックに気付かないし、通り抜けられない」

「はい?」


 ビアンカは兄の言っていることの事の意味が分からなくてしばらく呆けた。


「はっ! もしかしてお父様は!」

「魔力を持っていない」

「ひっ」


 大声を上げそうになるビアンカの口を、サティアスは残念なものを見る目でまた塞ぐ。わかったとばかりに頷く彼女をもう一度放してやる。


「お、お父様は魔法が使えないのですか?」

「そうだ」

「ああ、信じられない。日頃あんなに偉そうなことを言っているのに、お父様ったら」


 ビアンカがふるふると怒りに体を震わせる。


「そこか? おい、声が大きくなっているぞ。このことは記憶の戻らないお前に絶対に言うなと口止めされている」


 父はなんと姑息で卑怯なのだろうとビアンカは思った。記憶喪失をいいように利用されている。


 魔力を持たない高位貴族は、三人から四人に一人生まれると言われていて、ありふれたことだ。それほど珍しい事でもない。不便極まりないが、不利なことがあるとすれば、当主になかなかなれないということだろうか。魔力もちが優先されてしまうのだ。



「でも、だったら、お父様、もう少し私に優しくしてもいいと思いませんか?」


 ビアンカがぷくりと頬を膨らませ、なんとか声を抑え不平を漏らす。


「仕方がないだろう。少し、父上のコンプレックスに付き合ってやれ」


 弾かれたように兄を見上げる。日頃ビアンカの前で父を批判することはない兄が、辛辣な物言いをする。

 なんとなく父と長兄の間には確執があるような気がしていた。


「お兄様は、お父様と仲が良くないのですか?」

「見ての通りさ」


 二人の間にほとんど会話はない。あるのは事務的な話だけだ。ビアンカはぎゅっと兄の手を握る。


「お兄様、私は何があってもお兄様の味方です」


 その言葉に兄は笑うことなくしばし沈黙した。それだけで父子の間の確執の強さが感じられる。ビアンカは少し悲しくなった。


 父はビアンカをサティアスと比べ、嫉妬から彼を嫌うように仕向けているのだろうか? だとしたら、長兄はこの家で孤立していたのかもしれない。ふとそんな考えが浮かぶ。


「ビアンカ、その言葉、忘れるなよ」


 ビアンカは力強く頷いた。






 ケスラー家の海辺の別邸で、年に数回夜会が催される。

 母のイレーネは数日前から、とても忙しそうだ。衣装を新調し張り切っている。ビアンカはドレスを作らず、サイズだけ直してもらう。布から決めていくなど面倒くさいのでやりたくなかった。


 実は夜会に気乗りしない理由がビアンカにはあった。

 みなより遅れて別邸にやって来た父に執務室に呼ばれたのだ。


「夜会には、お前の婚約者候補を見繕って呼んである」

「この間、お披露目はすんだのではないですか?」

「あれから、また絞った。一度、お前の不幸な事故で解消となったスチュアート殿下もまた候補に加わった」

「はい?」


 それには怒りを覚えた。


「なぜ、そんなことになったのですか!」

「お前の知るところではない」


 父の言い方に腹が立つ。サティアスに家長には逆らうなと口を酸っぱくして言われているが、積もり積もって我慢ならなかった。


「なぜ、私ばっかり、サティアス兄様はどうなのです? 順番から言ったらサティアス兄様が先ではないですか」


 ビアンカは密かにいつも男友達ばかりに囲まれている兄を心配していた。この家の後継ぎなのに、学園でも女性の影すらない。


「あいつはいいんだ。王宮に仕えることになっている。お前は家柄が良く魔力の強い男を婿に貰い、子を産みケスラー家を繁栄させていくのだ」


 いろいろと酷いことを言われているようだが、一番気になるのは……。


「はい? あれ、婿をもらう? 後継ぎはサティアス兄様ではないのですか?」


 父は何を言いだすのかと、ビアンカは目をぱちくりさせた。それとも聞き間違いだろうか?


「サティアスはケスラー家と王宮を繋ぐパイプとなる人間なのだ。だから無能なお前が婿をとり家を継げ。心配しなくてもよい、この家の管理はサティアスがする」


 言っている事がよく分からない。有能な兄が後を継いだ方が家が栄えるではないか。


「優秀なお兄様が家を継ぐべきではないのでしょうか? なぜ、私が婿とりを?」


 ビアンカは唖然として、疑問を素直に口にした。本当に意味がわからないのだ。


「うるさい。黙れ! いちいち口を出すな! この家では朱色の瞳を持つ者が跡取りと決まっている」


「はあ?」


 怒られても引けない。初めて聞く話だし、何よりも納得がいかなかった。これでは長兄がいいように利用されているようにしか思えない。


 サティアスはこのことも父に口止めされていたのだろう。思うに、父にとってビアンカの記憶喪失は都合が良いのかもしれない。

 一歩も引かないビアンカに父が激昂し、机をバンとたたく。


「お前が知る必要のない事だ! 大人しく指示にしたがえ!」

「まったく、意味が分かりません!」


 またしても思ったままを口にすると、ひゅんと音を立て、ペーパーウェイトが飛んできた。


「ひっ」


 父の剣幕に慌てて避ける。いつもの比ではない。クリスタルのペーパーウェイトはごとんと音を立てて、床に落ちた。あんなものがまともに当たればけがをする。


 ビアンカは父の逆鱗に触れてしまったようだが、理不尽な物言いに腹立ちが収まらない。その後、まだ父に噛みつき足りないビアンカは、執事や従者たちに執務室から引きずり出され、自室にしばらく軟禁されることとなる。



 ジュリアンが跡取り候補ではないのはきっと魔法が使えないからだろう。学園に通ううちにそれは理解できるようになった。


 魔法が使えることはこの国では貴族であることの証だから、父のように魔力のない当主が続くわけにはいかないのだ。高位貴族の家で、魔力なしの当主が二代続くとその家は格下げか下手をすると断絶してしまう。


 それならば、優秀なサティアスが継ぐべきだろう。朱色の瞳などきっとこじつけだ。親子のおかしな確執のせいで、また、あの遊び人っぽい第三王子と婚約させられたらどうしよう。

 この国の王族は一般に魔力が強いと言われている。父は多分魔力の強さで王族との婚姻にこだわっているのだ。







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