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20 以前の私は?

 その後、ビアンカはジュリアンと先に帰ることになった。帰りの馬車でビアンカは次兄に話かける。


「ジュリアン兄様、随分人気があるのですね」


 ビアンカが感心していうと彼は機嫌よさそうに微笑む。満更でもないようだ。


「そんなことはないよ。今日の主役はビアンカだよ」


 次兄がそつなく言葉を返す。


「そういえば、ジュリアン兄様、私、記憶を失う前に友達はいたのですか?」

「何を言いだすかと思えば、今更かい?」


 ジュリアンが苦笑する。


「いまのお友達は記憶を失くしてから出来ました。それ以前のお友達がいないようなので、私はずっと一人でいたのかなと思って」

「それはないよ。だいたい取り巻きといたよ」


 自分が取り巻きを連れて歩くなど意外だった。


「兄上からは何も聞いていないの?」


 ビアンカはコクリと頷く。


「そうなんだ……。医者はこのまま思い出さないこともあるって言っていたし、あまり、焦って思い出そうしなくていんじゃないかな。なんならこのままでも」


 母と同じようなことを言う。


「そういうものでしょうか?」

「ビアンカはいま幸せではないの?」


 そう言われると勉強に追われているが、良い友達もできたし、物質的にとても裕福な生活を送っている。


「確かに今のままでもいいかもしれません。恵まれていますもの」


 むしろ恵まれすぎている。あの海辺の街では学校へ通えないなど普通のことだった。


 しかし、ジュリアンもこうして話してみると優しいではないか。きっと最初は記憶を失くしたビアンカに戸惑っていたのだろう。


 だが、幸せかと聞かれると、何かが違っていて、修道院での生活の方がよっぽど充実していたと答えるしかない。たぶん、こんなふうに思ってしまうのは贅沢なのだろう。




 



 また試験の時期がやってきた。ビアンカは、時々食堂やサロンで一緒になる父からプレッシャーをかけられながら頑張った。


 そして結果は五十三番に食い込んでいた。前回は百番以内にも入れなかったので、大健闘と言える。ホクホク顔で家に帰ると、父の叱責が待っていた。


 


「『五十番以内にも入れない無能』と言われました」


 泣きながら、長兄に父の理不尽を訴える。

 サティアスは途方に暮れた。できれば、愚痴は学園で零してほしいのだが、記憶をうしなってからのビアンカは直情径行だ。


 妹としてはまあ可愛いが、高位貴族としてはどうなのかとサティアスは思う。仕方がないので、人払いをして、サロンで妹の泣き言を聞いている。


「それでお兄様は今回何番だったのです?」


 妹が泣きぬれた目で兄をひたりと見つめる。サティアスは居心地の悪さを覚えた。


「ビアンカ、順位ではなく、どれだけ頑張ったが大事なのではないか? お前は今回努力した。記憶を失い。さらに三ケ月のブランクがあった。それにもかかわらず、五十三位と言う結果は、素晴らしいではないか」


 すると、またビアンカの瞳が潤みだす。


「お兄様、やっぱり、また一番だったのですね」


 いくら妹が少し馬鹿になったといっても誤魔化されてはくれなかった。また泣き出す。父もビアンカを無能呼ばわりとはひどい。彼女は大きなハンデがあるにもかかわらず、随分頑張っている。


 折角、修道院でのびのびとしていたのだから、もう少し自由にさせてはと言ってはみたが、父は聞く耳を持たない。


 サティアスは適当にビアンカの相手をし、目の前の焼き菓子に手を出すまでに落ち込みが回復したので、自室に引き上げた。



 アホになった妹は、華奢な見た目を裏切り、意外に逞しい。泣いた後はいつもけろりとしている。

 まるで小さな子供のようだ。







 学園は、長期の休みに入った。ケスラー家は仕事があるという父を王都においたまま、海辺の別邸にきていた。


 次兄のジュリアンは、茶会や乗馬を楽しみ、長兄のサティアスは父に代わり、領地に関わる書類を整理していた。

 ビアンカは、ここまでついてきた家庭教師に勉強させられていた。



「理不尽だわ」


 今日の勉強は終わり、ビアンカはサロンで海を見ながら茶を飲んだ。

 マリンブルーに澄み渡る海が美しい。ふと長兄の瞳の色を思い出す。夕方は朱に染まり、また格別だという。

 ここにはいまビアンカ一人だ。


 次兄は遊び歩くか、母イレーネと過ごし、長兄は父に代わって書類整理をしている。


 話し相手もなく、勉強が終わると時間を持て余してしまう。午後の海辺を散歩したいところだが、公爵令嬢のお出かけは、何かと準備が大変なのだ。使用人を引き連れて歩くのはあまり好きではない。



 仕方がないので、屋敷の中を探索することにした。幸い、ここは本邸よりも使用人が少なく、ビアンカもぴったりとメイドに張り付かれているわけではない。

 

 もしかしたら、ビアンカに勉強を無理やりやらせ、出来ないと無能呼ばわりする父の弱みが見つかるかもしれない。そんな期待感を胸に立ち上がる。いつか父を「ぎゃふん」と言わせてやるのだ。



 なぜ、優秀なサティアスと事あるごとに比べるのだろう。いいかげん息苦しくなってくる。兄と比べられるプレッシャーは日増しに肩にのしかかった。


 以前のビアンカにもこのような思いがあったのだろう。それで、兄とあまり口を利かなくなったのだろうか? だとしたら、とても悲しい……。

 

 







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