17 後始末
サティアスは翌日学校に行くと頃合いを見計らって、カフェテラスでナタリーを捕まえた。
父からは「お前が付いていながら、ビアンカを不安定な状態にさせるな」と小言を貰った。ナタリーに釘を刺しておかねばならない。
「妹が自殺など、記憶がなく不安な彼女になぜそんなことを言ったんだ」
ナタリーが視線を逸らす。そして横の席にはお供のようなケリーがいる。
「そういう言い方はしておりません」
「そうです。ナタリー様のおっしゃる通りです」
二人はまるで口裏を合わせているようだ。ナタリーとケリーの家の間には主従関係がある。ケリーはナタリーに従わざるを得ないのだ。
「つまり、ケスラー家を貶める意図はなかったと?」
そう脅されて、ナタリーは落ち着いたままだが、ケリーは震えあがった。
「そんな……違います。ただ、スチュアート殿下とフローラ様がビアンカ様という婚約者がありながら、いちゃいちゃとしていたから、蔑ろにされているビアンカ様がつらそうだったと教えてあげたんです」
ナタリーがビアンカに同情しているふうを装う。
「だから、それを苦にして自殺したと言ったのか?」
「……」
二人は俯いた。
彼女たちは、なんて残酷なことを言うのだろう。記憶喪失で不安なビアンカ、右も左も分からない彼女は父に言われるまま必死に勉強している。この二人の少女にビアンカが、いったい何をしたと言うのだろう。
サティアスは苛立ちを覚えた。今のビアンカは記憶がなく善良で、こういう無神経な輩から身を守る術を持たない。
「記憶喪失で、気持ちが弱くなっている人間に、なぜそのような惨い事が言えるんだ。金輪際妹とは関わらないでもらおう。
もし、またビアンカが君たちからの中傷で苦しむようなことがあればこちらにも考えがある」
するとナタリーが弾かれたように顔を上げる。
「中傷などしておりません! 私は、フローラ様が許せません。このままではあまりにもビアンカ様がお気の毒です。ビアンカ様の名誉の回復のために、味方をしようと思っただけです」
ナタリーの瞳に狡猾さが見え隠れする。サティアスはそれが許せない。フローラのことが気に入らないので、何も知らないビアンカを焚き付けたいのだ。
「ビアンカを利用して、フローラ嬢に嫌がらせをしようとしただけだろ。だいたい元は、君たち、ビアンカの取り巻きだったじゃないか。
だが、殿下との婚約が解消された途端、去っていった。彼女がみつかったとわかっても連絡一つよこさなかった。僕はそんな人間をビアンカのそばにはおけない」
二人が再び俯き、今度はハンカチを取り出す。
「泣くふりをして被害者ぶるのはやめてくれ。証拠もないのに自殺などと。今回のことはケスラー家としてコリンズ家に抗議する。それが不満ならば確たる証拠を持ってこい」
その一言で、二人の顔色が変わり、慌てて謝罪し始めた。もちろん、涙など一滴も流していない。攻撃的な雰囲気から、一転してその態度は保身に変わる。
ビアンカは記憶を失う前はそれなりに社交術を持っていたが、今は無防備だ。記憶を失う前はほとんど交流のなかった妹が、今は長兄を頼りにしている。
ビアンカが11歳の時に結ばれた婚約は確かに政略的なものだった。しかし、彼女は見目の良いスチュアートに淡い恋心を抱いていたように思える。
そして、理由は分からないが、いつからか彼女は暴食するようになった。もしかしたら、この国の第三王子の婚約者と言う立場に強いプレッシャーを感じていたのかもしれない。スチュアートは太ったビアンカを醜いと言って嫌い、やがてフローラと付き合い始める。
ビアンカがそれに怒りを覚え、フローラに嫉妬していると噂されていた。それでも時折、スチュアートの姿を目で追っていたように思う。
プライドの高い彼女は縋りつくことが出来ない。苦しんでいたことは確かだと思うが、今となってはただの推測でしかない。何しろ、その頃のビアンカとは口を利いていないのだから……。
ビアンカが落ちたバルコニーの柵は景観を楽しむためのもので、高くもないが、決して低くもない。
ケスラー家の名誉のためとし、子細に調べられることもなく転落事故として処理された。
真相は落ちたビアンカ本人が知るのみ。記憶喪失は一時的なショックではなく、彼女が自ら記憶を封印したのかもしれない。




