第91話
ひとまず、シーザーの到着を待ちながら感覚的には少し早いがお昼をつまむことにした。これから重要な情報を知るのだ、食べておいた方が良い。バイキング形式で置かれている唐揚げをいくつかとり、グラスでオレンジジュースを頂く。
「美味いなーこれ。滝沢家には直属のコックでもいるのか?」
よく焼かれた唐揚げが美味い。自分で作るのより焼き具合が良い。
「コックはいますが生憎休暇中でして。勝さん達の尽力のお陰で急遽、このような場を設けた関係で料理は全てデリバリーです」
翡翠は紫色のワインの入ったグラスを手に語る。今日は土曜日なので休みなのかもしれない。しかしデリバリーにしては凄く早すぎではないだろうか。
「こんなに早くに用意してくれるなんてすげぇな」
今日のこれまでを振り返ってみよう。早朝にニワトリ野郎ことコカトリーニョ襲来。それを倒してホテルから逃げ帰って朝6時に朝食を食べ、その後翡翠に報告を兼ねた電話している最中、パソコン解析成功間近の知らせが翡翠のもとに来たのだから、そこから今に至るまで約4時間弱でパーティ会場の準備だけでなく料理も用意したことになる。
因みにその準備に追われているだろう時間帯に蔭山と歩美訪問、シーザー襲来、その後歩美を見送り、蔭山とシーザーと分かれ、翡翠による車での出迎えがあった。
「気にしなくていいよー、諒花達が来てくれるならあたしも楽しいし、料理の注文や設営とか結構頑張ったんだよ」
まぁ石動さんから与えられた追試対策の勉強で今大変だからさ良い息抜きになったよ、とも語る紫水。ペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲んでいる。先月19日の事件の時も確か追試に追われていた。
勉強苦手なのは共感できる。こちらはやはり零の存在が大きく、歩美も含めて一緒に勉強するので分からない所も分かって、難問にぶち当たっても食らいついていけるという状態。零は監視役だったのでやはり勉学で躓くことは許されなかったのかもしれない。
「ホントにありがとね、翡翠ちゃん、紫水ちゃん。あたし達のために」
礼を述べたのはアップルジュースをグラスに入れて飲む花予だった。
「いえいえ。お気になさらず。互いにメディカルチェックを不合格になった家族を持つ者同士でもありますし、当然のことです」
後で勿論、ゲームもしまってある私のプライベートルームに特別に招待しますわ、とも花予に再度言う翡翠。その部屋がどういうものなのかは見たことはないが、ゲーム好きの花予を期待させるだけの楽しみが沢山つまっていることだけは間違いない。
これから見る零のパソコンの中身次第ではゲームどころではないかもしれない。それにまだワイルドコブラの動きも油断できない。いくら滝沢邸といっても敵が攻めてくる可能性もある。そんな中で唯一戦えない花予に安全な場所でかつ快適に過ごしてもらうにはゲームの存在は大変ありがたい。
ここならば最悪、ほぼ森林に満ちた庭が戦場になっても屋敷の奥に避難させられる。敵を屋敷に入れなければ良い。
食べながら部屋を見渡すと、よく見るとカメラが天井に取り付けられている。それは壇上に向かって向けられていた。檀上から見て一番離れた場所に。
「あのカメラって何を撮影するんだ?」
「動画の撮影や大画面で通話する時に向こう側に檀上を映すためのものだよ。ここの部屋を使いたいって人にたまに貸したりもしてるんだ」
「へえーレンタルか」
まあ、そんなしょっちゅうじゃないけどねと語る紫水。確かに何かの発表会をする上ではうってつけだ。学校の体育館よりは格段に小さいが、それでも立派な檀上と舞台裏がある以上、演劇や出し物をする上ではうってつけかもしれない。
するとスマホがブルブルと震えた。これは電話だ。
「あ」
すぐに出た。
「もしもし、蔭山さん」
『諒花。今青山か?』
「そう、ハナも一緒にいる」
『悪い。訳あって今すぐそっちには行けなくなったから、先に始めるなら始めてて全然構わない。後で聞いたことを話してくれればいい。それだけだ』
悪い報告なのは何となく読めていた。そういえば。
「あのさ、蔭山さん! 先に電車乗って青山に行ったはずのカニ野郎──シーザーがまだ来てないんだけどさ、知らない?」
『それなんだがな――』
蔭山はその先をどう言おうか悩ましく、言葉を濁した様子で、
『落ち着いて聞いてくれ。渋谷の住宅街で何者かに襲われて、少し前に倒れてるのを発見されて病院に搬送されたんだ──』




