第89話
滝沢邸の深緑のトンネルを抜けた先には西洋テイストの二階建てでドーンと広く作られた屋敷がそびえ立つ。翡翠の趣向で壁や柱には植物のツタが絡む装飾、茶色の扉、白い階段に白い柱。建物全体は濃茶色を基調とし、真っ黒の屋根に四角形の大きな窓とトンネル型の小窓が各所にある。
ここに来るのは三回目となる諒花。前回はここで翡翠の推理によって零が監視役の疑惑が高まり、急いで飛び出して真っ先に確認にいったのが記憶に新しい。だがそんな人狼少女の母、厳密には叔母の花予は――
「うおおおおおお、ここがそうなのかい!? なんだかゲームで出てきそうな所じゃないか!!」
異様にハイテンションだった。それはさながら、長蛇の列の末にゲートをくぐってようやく入れたテーマパークの門をくぐった直後に目を輝かせてるのと同じだ。
「ハナ、すげえテンション高いな……」
そういう反応が自然かもしれない。中と外では見える景色が全然違う。森という分厚い壁に囲まれた聖域なのだから。
花予の目からは昔よくやっていた画面が荒い、森に囲まれた夜の屋敷を舞台にしたホラーゲームの世界を彷彿とさせて見えるのだろう。ゾンビや犬が屋敷内にいて、暫く進めると長いツメを生やしたバケモノまで窓を割って屋敷中に現れて暴れ回る。そこを生き延びて奥に進むと、地下には謎の研究所があって極悪な生物実験や怪しい研究が進められていたというアレだ。
小さい頃、夜中に花予がずっとやっていたのを覚えている。ホラーといえば浮かんでくるものの一つだ。
実際、滝沢家の居城だけあって二階建てでも広く作られていてとても大きな屋敷だ。今思えばハロウィンや文化の日にお化け屋敷でもやったらそうとう儲かるんじゃないかというぐらい。
地下には諸悪の根源である研究所――ではなく、翡翠が妹の紫水のために作らせた特別なトレーニングルームがある以外はそのまま使えてしまうだろう。
「気に入って頂けましたか? 花予さん」
「うんっ、翡翠ちゃん! 本当に事態落ち着くまでここでお世話になっていいんだね!?」
「勿論です。気に入って頂けたならいつでも遊びに来て下さい。歓迎しますよ」
ここへ来る途中の車の中でもそうだが、すっかり意気投合している花予と翡翠。花予も最初は警戒心を抱いていたことなんかもうとっくに忘れているだろう。ただとても微笑ましい。見ていて幸せそうだ。
早速屋敷のエントランスに入ると赤い絨毯とともに二階へ直通する正面階段が見える。いきなり二階に行けるこのレイアウトもホラーゲームの屋敷のエントランスを思わせるに違いない。天井にはシャンデリアもある。
「翡翠姉ー、会場の設営はもう完了してるよ!」
二階のドアを開けて現れたのは一人の少女。水色の玉の髪留めに長い黒髪ポニーテールに青い双眸、へそ出しの軽装にジャケットを着た長身の少女が手すりに手を付けてこちら側を覗き込むように俯瞰する。
「紫水ちゃーん、お客さんにご挨拶」
翡翠に呼ばれて階段を下りてきたのはそう、妹の紫水だ。花予の方に視線を向ける。
「あたしは紫水。そっかー、今日からここに泊まる、諒花のお母さんだね」
――しまった。紫水にはまだ話していなかった。
すかさず紫水の肩に手を置いて小声でそっと、
「紫水、ハナは本当の母さんじゃねえ。アタシの叔母。死んだ母さんの妹なんだ」
「ええーっ!? じゃあ、諒花は厳密には姪っ子にあたるわけか。ごめん」
とても驚いて謝る紫水。
「すみません、花予さん。妹に伝えそびれてました」
翡翠がそっとお詫びする。
「全然いいよ翡翠ちゃん。よく初めての人に言われるんだよね、諒花とあたしは実の親子みたいだって」
花予の言うことにウンウンと頷く他ない。これまでもよくあったことだ。目と髪の色が一致し、花予もメガネをかけているが、外すと顔を見比べられてだいぶ似ていると称される。
自分が成長するにつれてその回数はどんどん増えていった気がした。お母さんに似て美人だねという言葉はある意味花予、そして花凛両方を指し、内心は嬉しかった。
それに実母の花凛は結婚後も初月姓を名乗り続けた。実父の諒介が婿入りする形になったからだ。これにより自分の苗字もそのまま花予と一致することになり、何も知らない人が名前だけを見れば、本当の親子に見えてしまうのだから仕方がない。
結婚というと女の方が嫁いで苗字が変わるイメージだが、諒介は普通の人間で、異人である花凛を支え続けていたというので、そういうことになったのかもしれない。
出会いのきっかけとかは実の所聞いたことがない。ただXIEDで出会い、一緒に仕事していたのは知っている。が、3歳の時に事故で亡くなったので写真の中で幸せそうに笑っている二人のイメージしかない。
また、花凛は異人、花予は普通の人間。花予が言うには当然、姉妹として、家族として同じ家で育ったが、それゆえに生き方が子供の時からまるで違ったというのも聞いたことがある……花予は遊ぶ友達が沢山いたが、花凛はそうではなかったと。




