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第83話

「翡翠ちゃん。諒花にそんなに厳しく言うっていったいこの先に何が待ち受けているんだい?」

 同時にそっとこちらの右肩に花予の手が置かれる。暖かさが伝わってきて気持ちが少しだけ落ち着く。その手の温もりは絶望の中に光が差すようだった。だが悪いのはこれから知ることを軽んじた自分だ。

「私はもう、あのパソコンを通して分かったことは全部知っているんですよ。部下達の尽力のお陰で」


 翡翠は落ち着いた口調で続ける。それはさっき聞いたものも含まれている。

「黒條零さんの正体、彼女はどこから送り込まれ諒花さんを監視していたのか、彼女を送ったのは誰なのか、更に今回のワイルドコブラの抗争がなんで起こったのかも――そしてこれら全ての黒幕が誰なのかも」

 カフェでの電話で言っていたことに加えて黒幕について言及した翡翠。その黒幕はあの変態ピエロも死に際に言っていたまだ見ぬ存在に他ならない。自分を狙う者はあのピエロ以外にもう一人いる。

「その黒幕が誰かを知った瞬間、あなた方の世界が大きく変わるでしょう。そもそも世界って……一つに見えて人がそれぞれが持ってできているものと私は思うんですよね」

「……あ!」

 その呟き、あるいは問いかけととれる言葉が今、心に深くブッ刺さった。

「どうしたんだい、諒花?」

「ハナ。異能を持っているか持っていないかで世界の見方って大きく変わる……!」

 表社会の人間はそもそも異能によって起こる事象を怪奇現象だとかオカルトと捉えるがそれを知る者は異人(ゼノ)や異能のチカラが宿った道具によるものと推察する。この認識と考え方の違いによってこの世界は大きく違って見える。

 現にメディカルチェックを不合格にされる前と後だと見える景色が全く違う。異能のチカラがあってもスポーツぐらい大丈夫だろうと浅はかさもあったから――!

「そう言われると、異能の有無問わず、それと関わりがあるかないかでもだいぶ見える景色って違うよなぁ」

 花予も納得し頷いた。そう、全く見えるものが違う。翡翠は頷く。


「その通りです。あなた方がこれから知ることはそれと同じぐらいひっくり返るもの。日常を取り巻く表社会と異能溢れる裏社会の暗部そのもの。その二つからなるこの世界の隠された秘密――」

「黒條零さんも、レーツァンも繋がっていた黒幕。それは彼の側近である最高幹部のスカールさん、カヴラさんもとっくに存在を知っていることでしょう。ワイルドコブラの暴走も、これまでその秘密をカヴラさんも守り続けてきたものの、スカールさんをはじめ本家とは互いの相違でこじれてしまった」

 あ、一つ漏らしちゃいましたねと苦笑した翡翠。花予は初耳だが、最高幹部のスカールとカヴラがこじれたという話はもう既にシーザーもいたコーヒーショップでの蔭山も交えた電話もあって知っている。

 翡翠がパソコンの中身を見る前に口を滑らせたそれこそ、今回の抗争が起こった原因である。最高幹部カヴラも本家と足並みを揃えられない何かを抱えている。だから本家の意向を無視し、独断でこちらを狙って組織で渋谷に殴り込みをかけた。

 しかもただ攻撃を仕掛けるのではなく、そう見せかけて裏で集めた情報を使って、今朝は要所である渋谷ヒンメルブラウタワーを奇襲し、ジワジワと確実に追い込んでいく戦法で。

 これら全てもその隠された秘密に集約される。それを暴く手掛かりは零のパソコンの中にある。滝沢邸にあるのは、まさに開けてはならないパンドラの箱だ。


「結局はアタシがあの変態ピエロを倒したからこうなったのは違いないんだよな」

「どうでしょうね。もしレーツァンが諒花さんに勝っていたら、実際の所、本当はどうしていたかも彼のみぞ知るというもの」

 戦うしか、アイツを倒すしか大切なものを守れなかった先月19日の最終決戦である滝沢邸での変態ピエロとの戦い。

 全ての真相は仕掛けた当人しか知らない。見事に墓まで持ってかれてしまった。墓なんてないが。


 今考えてもしょうがない。ただあの変態ピエロを倒したことで初めて黒幕とか一連の秘密への入口は開かれた。

 逆にそうでなかったらこの入口はずっと閉ざされたままだった。零も姿を消さなかったかもしれないし、ワイルドコブラも攻めてこない。今起こっている事件の全てが起こらない。しかし、それだと青山の大地も花予も、自分自身も、全てが奴の思いのままにされていた。極めつけにこの秘密に行き着くことも、その存在を知ることも、まずなかったと見ていい。


 レーツァンが死に、ダークメアの三大幹部の間で何かが起きて、そして今のワイルドコブラとの抗争に繋がった。次はその先に何があるのか────



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