第76話
もし、これが普通の人間相手だったらもうとっくに勝負はついている。コンクリートで顔がメチャクチャになっているのだから。そうなったら普通の人間は立ってられない。しかし彼もまた異人。まだまだ倒れず、懲りずに這い上がってくる。
「ダークメアはお前がレーツァンを倒したこと、あの野郎が死んだことをまだ裏社会全体には公表してねえようだ」
「そうなのか?」
ここまで戦ったダークメアは二次団体のワイルドコブラだけ。ダークメア本家によるものではないと推測していた蔭山の読みは当たっているのかもしれない。
「ああ、奴らが知らないはずがねえ。だが、今は奴らの中で内ゲバが起こってる。もし、今ここでお前の首をあげて全てを話でもすれば、オレがレーツァンの仇をとった英雄扱いだろうな」
「それでアタシに挑んできたのか?」
妥当な考えだ。コイツは何度も負けてリベンジに燃えているが、こちらが稀異人であることを最初の時点でレーツァンから教えられていて極めつけは上昇志向が強い。
「ハッ!! テメエ一人を倒して英雄として祭り上げられるだけなんて、つまらねえよ!!」
「え?」
と思いきやだ。きょとんとした。つまらない? どこがだ。
「カニ野郎。お前はあのやたら自称チャンピオンしていた死神野郎――樫木に大会決勝で負けて悔しい思いしたんだろ?」
それは初めてシーザーを倒した次に襲ってきた透明能力を操る樫木麻彩のことだ。
その透明能力は殺傷力こそないものの、自らの姿や投げたもの、撃った銃弾も見えなくする厄介なもの。零と一緒に戦い、追い詰められると樫木は自分の経歴を高らかに語っていった。このカニ野郎、シーザー以上に自分の経歴に鼻をかけていた男だ。僕こそがチャンピオンだと。
「おいちょと待てェェ! なんでそれ知ってる!? 話したことあるかァ!?」
「樫木から聞いた」
「チッ、あのメガネ、余計なこと喋りやがって」
そう舌打ちをするシーザーは、今から四か月前の異人限定のバトルトーナメントで、死神の異名を持つ樫木麻彩と決勝戦で戦い敗れているという。
その樫木もシーザーを一度倒した後に変態ピエロの刺客として現れたため、零と一緒に戦って倒したのだ。その時に聞いたものだ。
その栄冠を取り損ねた悔しさ、負けて何度も勝負を挑んでくる根性、執念深さから英雄の座はシーザーにはお誂え向きと思っていた、のだが。
「アタシを狙うのはホントは栄冠が欲しいんじゃねえのか?」
「だからぁ!! オレはお前を倒すだけで英雄として祭り上げられるだけで終わるのは、クソ面白くねえ以外何物でもねえって言ってんだよ!! そんなのは勝手に言わせとけばいい!!」
自分の体の状態なんか気にせず大きく声をあげて逆上したシーザーは続ける。
「ここでオレがお前をブッ倒しても、オレはダークメア本家の都合とか知ったことか! オレはただ、オレを打ち負かしたお前と黒條零に勝ちてえから、命張ってるんだよ!!」
とはいえ最初に会った時には零にはタイマンで一度勝利している。ただその零を餌にこちらを誘いこんだ末に負けたからこそ、セット扱いして突っかかってくるわけだが。
「このハサミで語り合おうじゃねぇか」
流れ出る鼻血を腕で拭い、両手の大ハサミが緑色に発光し、再び切れ味を取り戻して続ける。さすがにボロボロになった右手のハサミの切れ味を戻す術はあるようだ。
「真にこの世界で祭り上げられる英雄ってのはな、いくつもの戦いで勝利を重ねてこそ華なんだ!! いくぞっ!!」
語りながら大バサミで殴りかかってくるシーザー。それを避けて、隙ができた所を膝蹴りして腹を凹ませて弾き返す。
「ぐぶぉあっ!! ……たった一人、倒して、何も知らねえただ酒飲んで騒ぎてえだけのバカどもに英雄にされただけで満足しちゃ、その威光は長くは続かねえ……ただのお飾りだ」
これまで戦ったワイルドコブラの幹部三人に比べたら手の内が分かる分、また近接戦闘な分、戦いやすい。だがそのハサミの拳の動きがどんどん激しくなっていく。
「お前ら二人を倒し、オレはそれを糧により上にゆく。それだけだ!! ドリル・シザー!!」
奴の両手の大バサミ。両手の大バサミがどちらも超高速回転、その名の通りドリルで穴をあけるべく殴りかかってくる。
この技もさっきの斬撃と同じで初めて見る技だ。コイツも口だけではなくちゃんと修行しているに違いない。
ただドリルと化したハサミは先ほどまでのように普通に殴りかかってくるよりも動きが鈍い。両手を向けて突撃してくるのを左にかわし、後ろに回り込むが振り向いた時のそのドリルで腕が引き裂かれかねないので迂闊な不意打ちはできない。
「大会で優勝してそれで得た肩書きをぶら下げてるだけに酔いしれ、いつまでも過去の栄光を傘に威張り続けるだけ! あの樫木の野郎がまさにそうだった!」
――コイツ、言ってることが熱くて揺さぶられる。そんな信念があったとは。
「オレはあんな威張りたいから戦ってるような奴になるつもりはねえんだよ! プライドにかけて、お前らに勝ちたい。それだけだ!」
カニ野郎も、敵には自分のことを様付けしたり、凄く見せたり威張っている、一見すると似た者同士だ。だが、その裏で勝つために努力をし、負けても堂々と何度も挑んでくる。その時点で事あるごとにチャンピオンであることを鼻にかけてるだけの奴とは違う。
「そんならもっとこいよ!! もっとアタシにその根性ぶつけてみろよぉぉぉぉ!!」
互いに互いの信念をぶつけ合って火花を散らす。そんな一戦になっていこうとした。その時。
「――ストップ!! 諒花、やめるんだ!! それにあんたはあの時の……!」
その声に反応して後ろを振り返るとこの様子を見守っていた歩美の隣には蔭山が立っていた。すかさず出す拳を引っ込めたが、それは同時にシーザーもだった。
「あ、あんたは!! 滝沢邸で死にかけたオレを助けてくれた刑事さん……!」
シーザーも突然現れた蔭山に対し、見開く。どうやら詳しい所は知らないが、蔭山とは面識があり、借りがあるようだ。先月19日の戦いによるものだろう。
「歩美ちゃんに絡んでたのはあんただったか。だったらちょうどいい」
すると蔭山は一歩前に出た。
「武器を下ろしてくれ。ちょっと、俺の話を聞いてもらえないだろうか?」
意外な組み合わせだ。さっさとこのカニ野郎を倒し、歩美を駅に送り届けて見つからないうちに急いで戻ろうと思いきや。
蔭山の登場により、事態がまた違う方向にいくことを予感させた。




