第75話
「こっちからいくぜェ!!」
シーザーは走りながらその自慢の大バサミの口を開いて襲いかかってきた。その両手のハサミに挟まれた者は間違いなく体が真っ二つに切断されてひとたまりもない。生身の人間ならばナイフや銃で攻撃するよりも前にその体をガブリと飲み込まれてしまう。
「オレのハサミでバラバラにしてくれるわ!! シザー・バスター!!」
しかし人狼の拳に対してはというとそうはいかない。こちらを丸ごとその刃で食らうべく先に開かれた右手のハサミのド真ん中に人狼少女の正拳突きが炸裂した。
「なにっ!!!?」
右手のハサミが人狼の拳にとって粉々に割れ、仰向けでシーザーは吹き飛んで尻もちをついた。
「どうだカニ野郎。アタシも強くなっただろ?」
拳を突き出す時、ただ殴るのではなく、それを出した瞬間にいつも以上に気を込めた。自分のチカラはこんなもんではない。昨日、翡翠に教わった。その結果、奴の右手のハサミはボロボロだ。
チカラを使うのを無意識に恐れていたこと、更にチョーカーによる抑制も解かれた今、気持ちよく力強く出せた。
とはいえ、あのフォルテシアに比べたら全然だ。彼女は絶対にこうはいかない。
「へッ、調子乗んなよォ!! シザー・ストーム!!」
片方のハサミはボロボロでも、両手のハサミを交差させた摩擦によって無数の斬撃が襲ってくる。
「バーッハハハハ! 狭い道だ! 避けられねえだろ!」
それらをまともに喰らえばセーラー服も破れ、体もズタズタに引き裂かれる。いつもならばこういう時、零が剣を交差させ、障壁を展開して防いでくれていたが。
全身に気を集中させる。二つのリミッターは外れている。ならばこういう時、さっきまで拳に集中させていたチカラをどこに集めるか。無数の斬撃に真っ向から向かっていき、頭からそこに全力で突っ込む。服や体が斬り裂かれるより前に前方にチカラを一極集中。
ホテル地下駐車場でニワトリ野郎のあの極炎の必殺技を完全に受け止めた時と同じだ。失敗していたら車に引火して燃え広がり大惨事になっていた。アレを防いだんだ、今なら。
「ハッ、自分から喰らいに来やがった! ――――!?」
直後、その嵐の斬撃を無傷でくぐり抜け、飛びかかかってくる人狼女に右足を一歩引くしかできないシーザー。
「クソッ! まだだ、まだ左手が残ってるわァ!!」
刃こぼれした右手の大バサミも挟んで真っ二つにすることはできなくなったが、殴打には使える。上から振り下ろして殴りかかってくるが、それを後ろに避け、食らうべく口を開いて襲い掛かってきた左手のハサミを避け、
「隙だらけだぜ?」
無防備になった近づいてきた顔面に一発のパンチをお見舞いした。
「グゥゥ……アアアッ……!」
鼻血を出しながら、横に倒れこむシーザー。さっきまでの勢いはどうしたのか。
「面白え、やるじゃねェか……さすがあのレーツァンを倒した稀異人」
顔が真っ赤になっても、血を流しても、それでもまだ歯を食いしばって執念深く立ち上がってくるシーザー。何度でも何度でも立ち上がってやる。その執念がバンダナの影に隠れた鋭い両目から伝わってくる。
「こうじゃなくっちゃなァ!」
そして両手の大バサミを上げて豹のように跳びかかってくるのを避けて後ろに回り込むと、がら空きになった背中を、今度はこちらが首の前に手を回して逃げないようにしっかり取り押さえた。
「クソッ、離せよ!!」
暴れて振りほどかれる前に、壁に少し寄ってそのバンダナに覆われた頭を壁にブン投げた。
「グゥハァッ……!」
コンクリートに強く頭をぶつけたシーザーはその場でうつ伏せに倒れ込んだ。鼻からは血が流れ出ている。
「……腕を……上げたじゃねぇか……! まだ終わってねえぞォ!」
だが懲りずにすぐに起き上がってくるシーザー。昨日はフォルテシアにボコられ、今日は──、
「こっちは朝からニワトリ野郎に襲われて倒したばっかだからな。感覚が残ってるんだ」
ここ最近襲ってくる敵との戦いの感覚が残っているのだろう。相手の動きがよく読める。それを聞いてシーザーはハッと目を丸くする。
「なぁにい!? まさか……あの怪鶏の野郎も倒したのか!?」
「いきなり朝っぱらから襲ってきやがったからな」
思わず髪をポリポリかく。そういえばホテルでの朝のシャワーも風呂も味わってない。あのニワトリのせいで。
「あのワイルドコブラの切り込み隊長にして、関東最強ストライカー、コカトリーニョを倒すとは……」
やはりあのニワトリ、かなりの大物だったようだ。そりゃ、サッカーボールを狙った所に飛ばすわ、自力でビルを駆け上がってくるのだからあの時点で能力を活かした技術では向こうが各段に上手だった。もしあの時、奴が上がり込んできた時に目が覚めなかったり、駐車場で車を攻撃に巻き込んでたりしてたら間違いなく負けていた。
「通りで前よりも強いわけだ。ますますお前をぶっ倒したくなるぜ!」
鼻から出た血を袖で拭いて再び姿勢を立て直すシーザー。自慢のハサミの切れ味は左手しか残っておらず、刃こぼれした右手のハサミは獲物を真っ二つにすることはできず、殴ることにしか使えない。それでも、負けず嫌いと言わんばかりにファイティングポーズで構えてくる。




