第67話
「――っていうわけなんだ」
『諒花さんがチョーカーをつけるよう言われた、横浜の総合病院について調べれば、何か分かるかもしれませんね』
朝食後、自室のベッドで仰向けに横になりながら、翡翠に電話した。花予から聞いた、自分が搬送されてチョーカーをつけることになった病院について報告をするとそう返ってきた。だが、こんなことで分かるのか少々疑問である。
『しかし当時諒花さんを診てくれた医師や看護師がいるとは限りませんし、見せてと言って当時の記録をすんなり見せてくれることはまずないでしょう』
「……まぁ、そうだよな」
うなだれるしかなかった。花予に言われたのと同じだった。戦いが落ち着いた後でも、直接足でその場所に赴けば、何か分かるかもしれないと思ったのに。
『裏から調べて、病院の医療器具などを取り寄せている場所を洗ってみる他ないですね』
「ああ、こっちは何もできねえけど頼む」
『ひとまず今の事態が落ち着いたらあたってみましょう』
そもそもあのチョーカーはいったいどこからやってきたのか? 零が監視役としてやってくる前からあったそれはどこで作られたのか? 中にあったこちらの居場所を特定する発信機という機械はどうやって埋め込まれたのか?
結局は病院云々よりこれらに尽きるのだ。発信機は最初からつけられていたのか後からつけられたのかもハッキリとしていない。
『そういえば、諒花さん知ってますか? 話しそびれましたが実はチョーカーはですね……』
翡翠は語る。チョーカーは元々対象の異人強すぎるチカラを抑えるためのものであり病院などでは普通に使われるのだという。
また、患者の体に合うように作成され、チカラを抑え込み、安全に医療行為ができるように。それらは首にするチョーカー以外にも手首にするリングなど使用者の気に障らないアクセサリーの形をとっているという。
「普通に使われてるなんて知らなかった……零も教えてくれなかった」
ただ零もあのチョーカーの細工については知らないようだったので、意図的に教えなかったわけではないだろう。本来は居場所が分かる機械の類が内部に埋め込まれているはずがない。しかしこの首に今までつけていたそれにはつけられていた。だからますます謎でしかない。作られて、どこで細工されたのか。
病院で自分以外で同じようなものをつけている人いたか? と聞かれると記憶にない。ただチョーカーに限らないもので見落としていただけかもしれない。
「アタシのチョーカーから何か分かったことはないのか?」
『残念ながら、収穫はありませんでしたわ』
「そうか……」
肩を落とした。チョーカーは今は滝沢家が預かっている。そこから詳しいことは分からない。チョーカーから密かに発信されていた信号をキャッチしているものを逆に調べようにも、技術的な問題で打つ手なしだという。するとその時。
『おっと、すみません。別件で電話がかかってきましたので少々お待ちください。すぐ終わると思います』
「お、おう」
ホテルを出る前の電話といい、翡翠も朝から忙しそうだ。すると電話の向こうからは美しいオーケストラ演奏が流れ始める。確か、カノンという曲だったか。
小学生の時にリコーダーで演奏させられて、沢山の音符が書き込まれた一枚の楽譜に面を食らったことがある。零と一緒に頑張ってテストに向けて練習もしたが、零は常に一つのリコーダーを落ち着いて丁寧に演奏し、つい早めに演奏してしまう自分よりとても綺麗だったのを覚えている。
どこが上手いって演奏一つ一つの抑揚のつけ方が上手く絶妙。ピアノの演奏も最初の鍵盤を指で押す入り方が美しい。
ぶっちゃけた話、監視役じゃなかったらストレートに吹奏楽部か、楽器が演奏できる腕前を活かして演劇部とかに入ってもおかしくないぐらいに。
メディカルチェックが必要なのはスポーツ系部活だけだ。表向きの触れ込みはドーピング対策とその教育なのだから。
『お待たせしました』
そう思い出に浸りながらカノンを聴いていると三分とは意外に短い。演奏が中断され翡翠の声に切り替わった。
『諒花さん。朗報が飛び込んできましたわ!』
「その病院についてか!? それとも零が見つかったのか!?」
翡翠の明るい声に思わず体を起こして大声を出してしまった。
『違いますわ。でも良い話です。シンドロームさんと勝さんが、この約5日間フル稼働で頑張ってくれたお陰で、黒條零さんの部屋にあったノートパソコンの解析が間もなく完了すると報告が来ました』
「……マジか! だったら病院を調べなくても零の背後にいる黒幕が誰か……もう分かるんだよな? まるでチョーカーとか病院とかで騒いでたアタシがバカみたいじゃねえか!」
あのパソコンの解析が成功するとか分からなかったのもある。機械の中身見るとか難しいことは分からない。成功するにしても半月、一か月とかかかるものと思っていた。それがこんなに早く来るとは予測の範囲外だ。
『いえ、諒花さんが幼い時からつけていたチョーカーの情報も、発信機を埋め込むにはどういうトリックを使ったかとか、黒幕の尻尾を掴むうえで別途解明する必要はあるので無駄ではありませんでしたよ』
翡翠は頷きながらもフォローを入れてくれた上で、
『彼女とレーツァンが繋がっている黒幕が誰なのか。パソコンの中から判明したと報告を受けました。病院を今わざわざ急いで調べる必要もなさそうですね』
零が使っていたパソコンだ、監視役としての彼女と黒幕とのやりとりが残っているに違いない。
「あとどれぐらいになったらその作業終わるんだ?」
そうですわね。と翡翠は少し考えた後、
『ざっと一時間かぐらいですね。今日中には終わります。解析とそのまとめが完了するまでの話なので、終わり次第また連絡します』
ということはまだまだ眠っている情報があるのかもしれない。
「ありがとう! 正直、こんなに早く分かるとは思わなかった!」
まるで暗い雲に一筋の光が差したような。日曜に零がいなくなって、そこから数えて今日が土曜。たった一週間で解析するというハイテク技術。機械があまり得意ではない諒花にはさながらマジックに見えた。
『当初は二人であの手この手してたようですが、ある日飲みに行ったシンドロームさんのコネで助っ人に助力を依頼したらほぼ終わってしまったとのことですわ。俗にいうスーパーハカーって言ってましたわね』
「なるほど! それは頼もしいな!」
スーパーハカーとは実際どういうものかは分からないが、外から難しいセキュリティを解除する凄い人間なのは違いない。
鍵開け職人みたいなものかもしれない。とりあえず続報が楽しみだ。
読んで頂きありがとうございました!
カノンは「パッフェルベルのカノン」のこと。まんまそれが元ネタです(笑)




