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第65話

「ただいまー、ハナ」

 早朝のうちから敵の襲撃を受けたが何とか家に帰ってこれた。今日は11月2日。土曜日であり世間は休日だ。だが、こちらはとてもゆっくり休んではいられない。

「おかえり、諒花。翡翠ちゃんから聞いたよ…………大変だったな」

 帰ってきたこちらを出迎えたのは花予。翡翠が急いで連絡してくれたのだろう。こうして迎えてくれるだけでも嬉しかった。


「まあ……でも一つ勉強になったからいいよ」

「そうかい。だったら良いんだけどさ。無茶だけはしちゃダメだよ」

「分かってるって。それに無茶したらヤバいって知ったんだ――」


 花予にはフォルテシアとの件は昨日のうちに電話で話してある。あんな事もあって昨日は豪華なホテルに泊まれた。早朝のニワトリ野郎の襲撃がなければ最高だっただろう。

 フォルテシアから受けたあの敗北は確かに屈辱で堪えた。だが、変態ピエロを倒し、零が黒幕から送られた監視役と判明して、その後は零を求めて襲い来るワイルドコブラと戦い続けて、それまで足りなかったものを教えてくれた気がした。

 この戦いが終わったら、零とまた会えて全部終わったら、フォルテシアの言うように裏社会のことを忘れて生きるのも悪くない。

「うん、そうだね。逃げた零ちゃんのこともあるし、今この裏社会のことを忘れて生きろなんてさ、未練が残ったまま逃げたら諒花やあたしの命は助かるけどさ、後々絶対後悔すると思う」


 そんな話を花予は快く聞いてくれた。そうだ、ここで逃げては零を救えないだけでなく、そもそもの話、中1になってメディカルチェックで空手への夢を絶たれた後、零が示してくれた『異能蔓延る裏社会を知れば生きる答えを必ず見つけられる』という言葉への答えの発見からも遠のくような気がしてならない。だから逃げない。

 ホテルから暗く寒い早朝の街を一人飛び出して逃げる中で、心のどこかで不安を感じたから、余計にそんな負けた相手に提示された逃げ道のことを考えてしまったのかもしれない。家に帰ってきたら体温と合わせて心も落ち着いてきた気がした。


「それに翡翠ちゃん達もいるしさ、何とかなるよ。翡翠ちゃん達がいてくれてホント良かったね。諒花にとっては零ちゃんがいない今、頼れる良いお姉さんみたいじゃないかい?」

 翡翠は確かに今のこちらにハッキリと足りないものを教えてくれた。

「そのフォルテシアって子もこっちのこと知らないからズケズケ言ってきたんだと思うよ。あたしの姉さん──諒花の母さんの後輩にあたるわけだしさ」

「はっ、それもそうだな」


 そうだ、こちらのことを知らないで言ってきた。フォルテシアが属するXIED(シード)は初月諒花の実母であり、初月花予の姉である初月花凛の元の職場である。捜査員であったが諒介と結婚し、諒花を産んだ段階では現役を退いていた。諒花の名前は二人の頭文字からとっており、その黒髪と双眸の美しさは母親譲りであり、花予にも通ずるものがある。初月姉妹の特徴を諒花も受け継いでいるのだ。

 極めつけは花凛も異人(ゼノ)であった。先月倒して炎に消えた同じ稀異人(ラルム・ゼノ)である変態ピエロ――レーツァンが気に入り、強かったと称していたことから、裏社会の帝王の彼に一目置かれるほどということは明らかだった。


「朝ごはん、食べるか? この時間だとまだ食べてないだろう?」

「実はホテルでも何も食べてない……」

 食べたかったが、食べさせてくれなかったのが正しい。窓からいきなり入ってきたニワトリ野郎のせいで。

「ゆっくり座ってていいよ。疲れたろ?」

 手伝いをしようと思ったがお言葉に甘えることにした。時計は朝六時をとうに過ぎ、半が近い。窓から朝日が差してくる。花予は目玉焼きを焼き始め、トースターで食パンを焼き始める。

 今思えば、起きて何も食べていない、水も飲んでいないのによくあのニワトリ野郎と戦えたものだ。

 相手はワイルドコブラの猛者。ボールを狙った場所に飛ばしてくる簡単な相手ではなかった。大技でほぼ自滅に近い状態で焼き鳥になったが。必死だったから空腹感を忘れていたのかもしれない。

 だが一歩間違えていたら、負けていたかもしれない。反動が来ている。朝食ができるまで少し休もう。




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