第56話
「コケーーーーーーッ!! ここが初月諒花の部屋かァ? コケーッ!!」
カーテンが風に揺られてなびく窓から踏み込んできたのは、白い体に赤く激しく立った髪をした男だった。
小太りした体型に口の周りは黄色いメイクが塗られている。紫色に柄の入ったTシャツを着ていて、中央には4649と書かれている。それもあってその格好は何かしらのスポーツのユニフォームに見える。
そして「9階まで駆け上がるのも苦労するぜコケー」とさりげなくとんでもないことを言っている。その脚で上がってきたというのか。鳥みたいな形をした足で。
「だったらどうするんだ? 人の睡眠邪魔しやがってニワトリ野郎!」
その奇抜な姿も相まって、更に鳴き声から一発で初対面でもこの男の特徴を表すものとしてそれが頭に浮かんだ。そう、卵を産み、小学校とかでも飼育されていたあのニワトリを人型にしたような男。口の黄色いメイクと立った髪はニワトリのクチバシとトサカそのものだ。
「関東裏社会最強のストライカーのコカトリーニョが!! ケチョンケチョンのケチョンにしてくれるわぁ!! コケーーッハハハハハ!!」
――まただ。また個性的な喋り方する奴がやってきた。ブンブンブンとゴスゴスゴスの次はコケーッとは。こっちは人狼だがガルルと吠える趣味はない。
「おっと、言い逃れしようとしても無駄だぜ? テメエが初月諒花だってのはもう分かってるんだコケーッ!!」
そう言ってうるさく見せてきたのは一枚の印刷された紙。それはよくあるウォンテッドと英語で書かれた手配書を模したものだった。そこにある自分の写真には着ている服と行動から見覚えがある。ビーネットと戦う前日、あのハインと遭遇した日の夜にランニングしてる時の写真だ。高い所から俯瞰する形で盗撮されていた。全く気付かなかった。
「ビーネットの奴が撮ってくれたお陰で間違わずに済んだコケ」
――!
ベッドの上で身構えるとコカトリーニョはサッカーボールをどこかから取り出し、足元に落とし、その場でつま先と膝でボールを浮かせ、軽快なリフティングを始めた。
「なんだよ急に!」
「見て分かるだろ! 俺っちのシュートを間近で見せてやるよ!」
「じゃあいくぜ……キックオフ!!」
その言葉とともにボールは空を舞い、再び落ちてきた所をその宣言とともに、右脚で豪快に蹴り飛ばした。
蹴飛ばされたボールは真上の天井にわずかなヒビを入れ、跳ね返った後、部屋中をデタラメにぶつかっては跳ね返りを繰り返す跳弾となって辺りをメチャクチャにしていく。ランプは倒れ、テーブルは傷つき、置いてある物も跳ね飛ばされ……そして徹底的に壊し尽くすと最後はそのボールはこちら目掛けて真っ直ぐに飛んできた。
「……うっ!!!!」
ボールが腹部を直撃、その激痛は体育の授業とか日常の中でぶつけられることのあるボールの三倍、いや四倍、それ以上の威力だ。それに押されてベッドの上に仰向けに倒れこんだ。
異人だ。通常のボール遊びをとうに超えている。そしてコイツの着ている服装はサッカーのユニフォームだと初めて確信した。同時にその番号が4649(よろしく)なのはこういう意味なのだと。
「コケーッ!! もらったー!!」
するとコカトリーニョはこちらに向かって高く飛び上がってきた。その巨大でだらしなく出た腹でこちらを圧し潰そうとかかってくる。その男の巨体を前に不気味さと恐怖心が滲み出てくる。ベッドの上で、こんな汗臭い巨体の男に体を包まれる自分の姿が脳裏を過ぎて。それだけは嫌だ。
──このままここで戦っても勝てる気がしない──!
サッカーボールによる腹痛をこらえつつも、飛び掛かってくるニワトリにモーフを目の前の視界に向かって投げつけた。
上手いことモーフにくるまれ、その全身で落ちてくる前にベッド上から横へと手を伸ばして避ける。奴がモーフにくるまれて身動きがとれず、体制を立て直している数秒の隙に、横のクロゼットにある着替え一式を急いで抜き取り、急いで部屋を後にした。
荷物であるカバンも持っていきたかったがその時間と余裕はない。ポケットにあるスマホさえあれば外部と連絡がとれる。カバンは奴を倒した後でも何とかなるだろう。これはたぶん零がいても、同じことを言ってきたはずだ────




