第53話
「なあ、翡翠。教えてくれ。アタシ強くなるにはどうしたらいいんだ?」
フォルテシアとの力の差は歴然。実力も追いついていない。その差を少しでも埋める方法を知りたい。
翡翠は顎にそっと手を当てて、
「そうですね。あの男と戦う前までずっと首にしていたチョーカー、あれは諒花さんのチカラを程よく抑えていましたよね?」
「ああ」
今は首にはつけていない赤いチョーカー。あれは自分自身に宿る強大なチカラを程よく抑え、自分を守ると同時にチカラを抑え込むリミッター的な役割を果たしていた。
が、それにこちらの位置情報が分かるGPSが仕込まれていることが翡翠によって発覚、幼い頃からつけていた愛用品が常に何者か――まだ見ぬ敵であり黒幕――に居場所を特定される代物でもあった。その位置情報は零も仕組みを知らずにスマホで見ていた。
「それをつけていた感覚がまだ抜けきっていないのだと思います。幼い時からずっとチョーカーをつけていたから、チカラが抑えられてることに慣れすぎてしまって、無自覚に大きなチカラを出すことに躊躇いが生じているのかもしれません」
「 アタシはいつだって本気だぞ?」
「いきなり大きなチカラで殴れと言われても、本当は心の奥底ではそれが怖いんじゃないですか?」
「......そんなことは......」
思わず目を背けた。変態ピエロ──レーツァンとの戦いの時は状況が状況だけに自分に補正がかかっていたから気づけなかったのだろう。そのような気がしてきた。自分のチカラによって自分自身が失われてしまう不安や恐怖。
「チョーカーを外したのもあの男との戦いからでまだ一か月も経っていません。それまでは抑制された範囲のチカラだけで戦ってきた。ところが今はその抑制の壁が取り除かれている。もっと強いチカラを出せるはずなんですよ、本来ならば」
翡翠はグラスのワインを口に含みながら落ち着いた口調で語る。そうだ、実質ハンデを背負って戦ってきたようなもの。チョーカーをつけ続けたのも、診断を受けて強すぎるチカラから自分を守るためだったからだ。
「いいですか? もっと強いチカラを出せるように心がけてみなさい。今限界と思っている壁を越えてみなさい。それがあなたの課題であり、足りないモノです」
そっと頷いた。返す言葉が見当たらなかった。これまではハンデを背負っていても零がいてくれたり、そのハンデから解放されてもその時の状況でコンディションが大幅に上がっていたことで、たとえ格上が相手でも勝てたにすぎない。
考えるとある不安が生じた。今のままでこれから襲ってくる猛者達にも勝てるだろうか。遥かに強い、雲の上のような存在だったフォルテシアに殴られたことによってその課題は表面化したのであった。
「なあ、石動さん。話変わるけど、フォルテシアはどこへ行ったんだ?」
今この話をすべきか――悩んでいたが課題が分かったので話題を変えることにした。
「特に何も言わず、諒花様を私に渡して去っていきましたよ」
数秒の沈黙後石動が口を開いた。実際その状況はどうだったのか。それは石動とフォルテシアしか知らない。
「フォルテシアは零を捜しているようだったんだ」
それを訊くと翡翠はまあという風に驚いた。
「それは本当ですか、石動ちゃん?」
翡翠は石動の方を向くと頷いて、
「はい。戦いの中で彼女の名前を出して諒花様に尋ねられているのを見ました」
恐るべき石動の観察眼の凄み。あの時は二人きりだったのに実は誰かが遠くから見てるなんて思いもしなかった。
「今度、会うことがあったら訊いてみましょうかね」
「フォルテシアはよくあの屋敷に来たりするのか?」
「いえ、会うことがあればの話です。が、また現れるような気がしますわ」
フォルテシアがなぜ零を捜しているのか。彼女が属するXIEDとしてなのか、それともフォルテシア個人としてなのか。これは次に彼女が現れた時に確認する他ない。
仮にXIEDとしてならば、フォルテシアより早く零を見つけ出さなければならない。もし第三勢力としてXIEDが介入してきたなら、今回のワイルドコブラとの抗争にも影響が出ると語る石動。現状は敵なのか、それとも味方なのか、グレーな立ち位置にしか見えない。
そして次にGPSが仕組まれていたチョーカーの出所について、確認する必要があること。これは花予が詳しいのは言うまでもなかった。確認することでGPSが仕組まれた経緯が分かるかもしれない、翡翠はそう断言した。
とりあえず会食の中で今後の方針は決まった。今夜はゆっくり休んで、チョーカーのことは明日帰った時に花予に訊いてみよう。フォルテシアについてはどうしようもない。それらがハッキリした所で会食はお開きとなった。




