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第51話

 渋谷ヒンメルブラウタワーの下層にはホテル宿泊客だけでなく、会社に勤めるサラリーマンや外からの客も訪れるレストランがある。白いテーブルクロスに紫色のフカフカな絨毯が敷かれ、高級のシャンデリアがつるされた、普段気軽に訪れるには少し豪華すぎるという洋装。


「なあ、あんたはフォルテシアに勝ったことあるのか?」

 そこへ向かう途中のエレベーターは自分たち以外は誰もいない空間だったので翡翠に訊いてみた。

 気になったのだ。翡翠も同じ稀異人(ラルム・ゼノ)。あの常識外すぎる強さを持つフォルテシアに勝ったことがあるのか。


「いえ、ありませんね。フォルテちゃんとは渡り合うことはできますが、勝ったことは一度も」

 翡翠はそっと首を横に振った。

「あの強さ、いったいなんなんだよ。アタシの攻撃一切通らなかったし、チカラが無力化された」


「今の諒花さんではきっと何十、何百挑もうとフォルテちゃんには敵わないでしょうね」

「悔しいけど、なんかそんな気がしてきた。次元が違いすぎるよ」

 まるでこちらの行動が全て最初から読まれているような、そんな動きだった。こちらのその動きを的確に先読みして封じて、無駄のない反撃だけで黙らせる。ただそれだけで負けてしまった。


「彼女も稀異人ラルム・ゼノですが、あの(レーツァン)とも違います。勿論、私や石動ちゃんとも」

 やっぱり同じ稀異人ラルム・ゼノだった。そしてこれまで戦ってきた異人ゼノとは明らかに全くの別物だ。そして石動も同様のようだ。あのサソリ野郎──スコルビオンが現れた時もその鋼鉄の剛腕で砕かれなかった岩壁を操るのもそのためか。


「変態ピエロもフォルテシアと同じ稀異人ラルム・ゼノなのに、なんでアタシ勝てたんだろう」

 あのピエロも巨大な緑炎を隕石のように叩き込み、滝沢邸の敷地全体を混沌の炎で包み込むほどの強さを持っていた。フォルテシアに負けてから今思えば、よく勝てたものだ。最も、あれは何が何でも絶対に負けてはならないものだったのだが。負けていたら今はない。そしてこちらも稀異人ラルム・ゼノなのに、どうしてここまで差がつくのか。


 なお、翡翠は森を丸ごと操れるほどのチカラを持つ。彼女にかかれば森は自在に動かせる俯瞰するフィールドも同然。

 フォルテシアの能力は実際に戦っても特徴がよく分からなかった。強いて言えば、こちらが殴ろうと突き出した人狼の拳が勝手に解除された。つまり出したチカラが無効化された。どういう仕組みか、全貌が全く見えない。あれは独自に編み出した技なのかそれとも異人ゼノとしてのフォルテシアの能力なのか。戦いの中でやろうとしたことが全て無へと消えた。


 私はこう考えているんですよ、と翡翠。

「あの19日の事件での戦いは諒花さんを後押しするものがあって、それが一時だけあなたのチカラを押し上げていた。笑いながら消えたあの男の思惑はどうあれ、それがあってモノにできたから勝てた──」

 ──後押しするもの? 零や歩美のことだろうか。


「さ、エレベーターが着きました。お二人ともこちらへ」

 話に夢中だった所を石動の案内によって意識が戻った。花予には今夜は翡翠の計らいでホテルに泊まることは部屋を出る前に電話で伝えてある。「いいなあー」っていう羨ましい声を受けながら。でも最後は「楽しんでおいで」と優しく言ってくれた。


 ついでにここには豪華な風呂もある。今夜はここで一人ゆっくりするのがいいのかもしれない。零がいなくなってから、ノンストップでここまで来た。休息もたまには必要だろう。


「美味い!!!!」


 白いテーブルクロスの敷かれたテーブルを挟んで、翡翠、そして間には石動も同席。すっかり忘れていたが料理が運ばれてきて食べ始めて、実はとてもお腹が空いていたことに気づく。それもあって食欲があり、どんどんフォークやスプーンで口に運んでいく。

 ジューシーに焼けたステーキやとてもまろやかなクリームシチューなど、舌からくる味がいかにも普段日常の中で食べているものとはまた違う、高級料理ならではの違いを演出する。そして運ばれてくるライスもそれらと一緒に口に運ぶと、とろけて美味しい。


「さて、先ほどの話の続きですが」

 ある程度食事が進んで、腹が満たされてきた所で向かい合う翡翠が切り出した。


「ここでその話をしても大丈夫なのか?」

「大丈夫ですわ。ほら、辺りを見てみなさい」

 言われたままに見ると、ちょうど夕食時で金曜の夜なのもあってか、各テーブルから響く歓談がでたらめに交錯し、聞こうと思わなければその会話の内容も入ってこない。雑音に混ざってかき消される。声を大きくせず、ヒソヒソと声を小さくして話せばたぶん大丈夫か。


「そうだな。声を大きくしなければいいか」

 翡翠はコクっと頷いた。腹は満たされたが、翡翠、石動とのディナーはこれから始まっていくようだった。





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