第48話
「なあスカール。レーツァンはなんで死んだんだ? 誰かに倒されたのかよ」
ネズミどもの巣くっていた巨大な巣の掃除が一段落し、まだまだここからという時のこと。カヴラが直接事務所にやってきて訊いてきたのだ。
今思えばこれが事の始まりだ。日付は────10月28日。翡翠と二回目のリモートをして戦争は起こさないとハッキリ言った翌日のことだ。あのリモート後だったのだ、崩れたのは。
カヴラの問いかけによってここで思い出したのである。直近で二回と欠席の多いカヴラにはレーツァンの死の真相を詳しく話していなかったことに。この時、レーツァンはただ初月諒花に倒されて死んだわけではないことを。
この話の続きは翡翠をはじめ、外部には決して口外してはならない、最高幹部三人だけが共有するトップシークレット。自分以外はタランティーノしかこの件を知らない。カヴラもその一人になるはず、なのだが。
ひとまず落ち着いたタイミングで詳しい全てを話そうとしていたが、武装蜂起したネズミの処理などの対応ですっかり忘れてしまっていた。ミーティング時に商談に出ていたり、肝心な時にコロナで欠席したこの野郎も悪いのだが。カヴラの問いによってうっかり忘れていたことが一気になだれ込むようにして戻ってきた。
「ああ、そのことなんだが────」
まず結論からハッキリ言った。そこからは口外禁止のトップシークレットを語った――が、その内容を把握したカヴラの顔は話を進めれば進めるほど、眉間にしわを寄せた機嫌のよくないものへと変わっていった。
「ふざけんなよスカール!!」
激高した。納得のいかない様子で大粒の唾を吐いて怒鳴った。ついでに胸ぐらを掴まれて。
「なんでオレを会議に呼ばなかった? てめえとレーツァンとタランティーノでこんな重要なことを勝手に話進めて決めやがってよ!」
「お前は5日にコロナでミーティング欠席しただろ。言い出したのはレーツァンだからな? 俺達はそれを聞いて動いているだけにすぎない」
「今更分かるかァ!! オレだけ除け者にして三人で勝手に飲みに行きやがってよ!!」
そこかァ!? というのは無しだ。あの10月5日のミーティングの議題は別だったがそれを話し合った後、タランティーノの都合もありトップシークレットについて話そうとした所、そこにレーツァンが突然連絡をしてきたのもあり、各々のその日の都合の良さから、急遽その打ち合わせも兼ねて、夜遅くまでビルの窓から摩天楼を眼下に見ながら三人で朝まで飲み明かしたのだ。最初からカヴラをハブったわけではない。因みに何杯飲んだかは覚えていない。
「オレ達がここまで積み上げてきたものをまとめて全部一旦崩す? アホ抜かせ! ならオレ達がここまで岩龍会の下についた時からやってきたことはいったいなんだったんだ!?」
カヴラの抗議は止まらない。全くその通りだ。当初言い出したレーツァンからこの計画を聞かされた時も同じ反応をするしかなかった。
「だからレーツァンの計画のためだ。そのためには必要な犠牲だ」
「一度壊したものは簡単には戻せねえぞ? そんなことするより、みかじめを重くして力で縛り付けて支配しとけばいいだけだろうが! このままでいいだろうが! なんでこんな崩すなんて回りくどいことするんだよ!」
「じゃあ訊くが」
胸ぐらを掴まれたのでその手を振り払い、
「組織に隠れるネズミどものリーダーをどう突き止めて駆除する? この首都圏23区全体、関東全域をその逞しい肉体で歩いて探り回るってか?」
「ぐっ……」
答えが出ないのか、カヴラは汗を一滴流したまま何も出ない。自慢の蛇の二本の牙の生えた口からは戸惑いの息以外何も出てこない。
「ネズミどもが行動起こしてもその時は残らず力技でねじ伏せるってか? ハッ、それがいつまで続く? 誰もがお前みたいに戦い続けられるわけじゃねえんだ」
「それにネズミのリーダー以外にも俺達の前に立ちはだかるもう一人の脅威にはどう立ち向かう? それに立ち向かうためにレーツァンは岩龍会があった時から裏でそいつの汚れ仕事も引き受けて、コネも築いて、今までずっとコツコツ準備してきたんだぞ!」
ここまでネズミ退治とレーツァンの件二つまとめて論破して追い詰めると、さすがにカヴラは押し黙るだけだった────が。
「くだらね。オレはオレのやり方でやらせてもらうわァ!!」
「何を言っているんだカヴラ!! これはレーツァンの決定だぞ!!」
「スカール。オレもレーツァンの決定なら逆らわないさ。だがな、今回のはオレは気に食わねえつってんだよぉ!! もっと他にやり方あるだろうに回りくどいこと勝手に決めやがってよ!!」
今度はカヴラが力強く語り始めた。
「オレ達は岩龍会があった時からその下で長く働いてきただろう?」
それはそうだ。ずっと従ってきた。今のネズミどものように。そっと頷いた。
「岩龍会滅亡から8年間、組み立ててったことで今の関東裏社会にはオレ達の輝かしい王国がある。オレ達は関東で最も強い組織へと成長した。台頭したオレ達を歓迎する奴らもいる。一度崩す時、そいつらもどうでも良いって思ったのかよ? 裏切ってるのはどっちだ?」
岩龍会滅亡後、確かに信頼できるダークメア支持層も裏社会には沢山いる。だが──
「今だけだ。膿を全部出し切ったら事の経緯を俺が説明して、迷惑かけた落とし前はつける」
「ハッ!! ネズミ退治とか勝手にやってろよ。オレはレーツァンを倒した初月諒花って女をぶちのめしに行くぜ!!」
「待てカヴラ!!」
そう舌を啜りながら言い捨てるとこちらに見向きもせずカヴラは去って行った。すぐに弁解しようと電話をしたが切られてしまった。かくしてカヴラ率いるワイルドコブラも戦線を離脱した。
反発するように初月諒花を標的にして。組織としては調査中とし、初月諒花には手を出さないと決めたのに。
全てはレーツァンのため。しかしカヴラはダークメアという王国を壊すことや今の地位を追われるかもしれないこの状況が受け入れがたかったのだ。
最後に意外だった。この最高幹部三人で一番の力自慢なカヴラが違う側面で組織のことを深く考えていたことに。
ここで一つ謎が残った。
────なぜカヴラは初月諒花を狙うのか?
今は表向きレーツァンの行方は本家としては調査中としている一方で、ネズミどもを誘き出すために意図的に死亡した事実を流したのもあり、まさにあやふや、錯綜した状態だ。そこに自ら初月諒花を仕留めてレーツァンの弔い合戦をしたと公表することで求心力を得るためか?
そんな事をしても意味がないというのに。今はネズミ退治して最後はその糸を引くリーダーを見つけ出して駆除することに全力投球していれば、やがてその間にもう一つの脅威は叩くチャンスは必ず生まれる──そのためにレーツァンは死ななければならなかった。今は耐えの時だ。それなのに。




