第168話
恵比寿のホテルとその周辺がスカール達の襲撃により、緊迫としている中、再び南青山へと戻る――。
零だと思って追いかけた相手はまさかのバケモノだった。
「お前が……化蛸……!」
その名を聞いて、人狼少女の中からある記憶が蘇る――。
この異名は実は初耳ではない。
昨日夕暮れに滝沢組事務所を占拠し、脅迫状を送ってきたトカゲ野郎ことレカドール。
奴はこちらが着いた時に誰かと電話をしていた。相手はワイルドコブラの相談役であり、レカドールはこの時、こうヒントを残したのだ。
――化蛸の彼、とだけ言っておきましょうと。
この時点で更に未知なる存在がいることは確かだった。
「そして確か相談役……だろう? 零に化けてそれがお出ましってことか……」
正直、目の前の零の姿が崩れるととともに期待が消し飛んだ。零と思ってここまで来たのに。やはり翡翠の予感は的中していた。
今まで襲ってきたレカドール含めた刺客達。ハチ野郎、サソリ野郎、ニワトリ野郎。
それらとはまた違って、このダーガンという男は左右両腕にそれぞれ3本の触手を生やした、蛸というよりも映画に出てくる怪物、エイリアンのような出で立ち。
肌も灰色で縞々模様が入り、デコには縞々と混在するように刺青というのも、人外さと不気味さを際立たせている。
「ホゥ、知っているか。シュウシュウ……おれが相談役という肩書きを知るのは一握りだというのに」
「トカゲ野郎が教えてくれたからな」
「なるほど。まぁ、もういい。シュウシュウ……」
「おれの目的はここでお前をぶっ殺すこと。そのために恵比寿からわざわざ車を飛ばしてきて色々準備しておいたんだ」
完全に零と思い込んだこちらがバカだった。ダーガンは話を続ける。
「シュウシュウ……お前はおれには勝てねえよ。たとえおれが送り込んだ幹部達を倒せてもな。ずっと、この組織を指揮をしながら見ていたぞ?」
「どういうことだ?」
その遠くから見ていたというのは、なんかまるで変態ピエロや中郷を連想させることを言っている。
――もしかして……前にハチ野郎との戦いで石動さんが言っていたワイルドコブラに知恵を授けた存在はこの目の前の……?
「さて、無駄話はこれぐらいにしよう。おれをこれまでの奴らと一緒にしないことだ。さあ、いくぞ……!」
素早くしなやかに伸びて飛んでくるのは奴の左右から3本ずつ伸びる計6本の生々しく縞々な蛸の触手。飛んできたそれらは素早くこちらの体に巻きつき、縛り付けて体を持ち上げた。
「うわあっ!! ぐっ!!」
その触手を振り解こうにも各触手から圧を感じる。
「シュウシュウ……おれの腕は6本。味わえ! 6倍の怪力を! 人間6人分の握力を!」
「ぐああああああああああああああっ……!!」
その6倍の痛みが胴体から体全体に高速でひた走り、そのまま全ての触手が離すと宙に浮いた人狼少女はその場に落下して着地する。
「どうだ、効くだろう? 普通の小娘ならば泣き叫びながら衰弱して、眠るようにあの世行きさ……シュウシュウ……!」
「うっ……!」
そうやって過去にも沢山殺してきたんだろう。表情が狂気的だ。短い時間とはいえ、6倍の怪力による締め付けによる痛みは腹から喉にも伝わった。解放された後も呼吸を荒くさせる。
「黒く染まれ!!」
息つく暇を与えることなく、ダーガンの口から放たれたのは大量の黒い水。それを息が荒い中、何とか左側に跳んで避けるが、飛び散る液体は地面を黒くし、着てきたジャージにも微かに付着、黒く染みる。
「なんだこりゃ! ……!」
それを見てこの黒い水の正体にすかさず気づく。
「これは……墨か!!」
習字に使う墨汁と同じだ。蛸は墨を吐く生き物だ。だからこの蛸野郎も同じように吐けるということか。
「そこだぁ!!」
ダーガンの猛攻は止まらない。6本の触手をパンチのように繰り出し、諒花に襲いかかる。
「来やがれ!! もう捕まらねえよ!!」
もう捕まらない。6倍の怪力だろうが。両手の拳を前にファイティングポーズで構えた。
「!? えええ!?」
突如、その6本の触手の先がそれぞれ剣、長槍、戦斧、サーベル、ダガーナイフ、ククリ刀に変化、襲いかかってきた。
「シュウシュウ……おれは触手を近接武器にすることもできる!」
まさかの攻撃に、もう対処する時間はなかった。
槍が諒花の腹部を貫く。
「ぐはっ!!」
捕らえると高く持ち上げられ、更に剣と斧とサーベルが乱れ飛ぶ。
捕らえて吊るし上げられた人狼少女を斬り刻みまくる。
「ぐあああああああああああああああっ!!」
「シュッ……ハハハハハハハハハ!!!」
奴の独特な嘲笑とともに落とされ、うつ伏せに倒れる人狼少女。腹部から大量の出血。
稀異人なのでこの程度では死なない。だが普通の人間は槍の一撃だけで終わりであり、残虐に斬り刻まれた遺体の出来上がりである。
「あ、あぁっ……」
生を求める呼吸が更に荒くなる。立てない。呼吸するのが精一杯で。意識が朦朧とする。
「拍子抜けしたぞ。あのレーツァンを倒し、ワイルドコブラの幹部どもも倒した。同じ稀異人ならば久しぶりに面白い戦いをすると思ったが、もうグロッキーとはな……!」
「お前……! 稀異人だったのか……!」
これは、フォルテシアとスカールの時と同じだ。通常の異人よりも格段に強い。恐らく能力もこれまでの幹部とは大違いだろう。
「そうだ。おれは蛸人間、ミミックオクトパス! ただの泳ぐ魚じゃねぇ」
「お前はここに釣り出された時点で、ミミックを開けちまったんだよ……おれに倒されろ! シュウシュウ……!」
ミミック。宝箱やドアに化けた怪物と同じだ。花予がやってるゲームのダンジョンにも出てくる。
この蛸野郎もそれと全く同じだ。たとえ敵でも零に会えると思って、近づいたらこんなのが待ち構えているなんて予想だにしなかった。




