第167話
時は、初月諒花が単独で滝沢邸から表参道へ向けて移動中の頃に少し遡る――。
夜が明け始めるより前の空が真っ暗な時刻から、港区の奥地より黒塗りの車両の集団が移動を開始した。
空が明るくなりつつある早朝、目的地である恵比寿のアスファルトの上に雑に車を停止させ、中から一斉に黒スーツにサングラスをかけたガラの悪い男達が一斉になだれこむ。
「行け。まだ生き延びてる奴は残らず叩きのめせ!!」
中央の車から降りて、彼らの指揮を執っているのは、ダークメア本家を取り仕切る不死王スカール。だがこの攻撃は第二波である。
攻撃の第一波はスカール達が到着するよりも5分前に行われていた。
恵比寿に到着して、件の8階建てホテルであるグランフォール恵比寿の近辺を囲うように警戒にあたっていた、複数人のワイルドコブラ構成員のヤクザ達。つまり守備隊である。これにより常に街は真夜中から殺気と異様な空気に包まれており、一般客の姿はない。
恵比寿はこの時点で裏社会に侵食されていた。
ホテルに入るにはこの守りを突破しなければならない。正面から行けば確実に殴り合いの乱闘になる。
だが今は誰もいない。いたが、そんな彼らが今はそこらじゅうに血を流して倒れているのだ。
倒れている死体はいずれも黒い羽が無数に体に突き刺さっている。ガトリングガンでハチの巣にされたように。
夜明け前の暗いビル街。死屍累々の通路を涼しな顔で歩くのは、
「やれやれ。あっさりしすぎて面白味がねえな。外の守りもこんなもんか。まぁ有用な武器も持ち合わせてない残党軍だもんな」
背中に大きなカラスの羽を生やした男。遊鴉のレイヴン。
空から黒い羽という雨を降らせただけですぐに終わってしまった。
彼らにこの黒い雨を対処する術はない。ビニール傘を持っていても穴だらけのボロ傘に。
撃ち落とさんと銃をぶっ放してきた奴もいるが、素人レベルの技術、しかも安いショボい銃で撃ち落とされるわけがない。
命中せず落ちている鉛弾を暇つぶしにいくつか拾い上げた。
「早いな。もう親父のご到着のようだ」
拾った複数の鉛弾を握り潰す。向こうから野郎どもの雄叫びが聞こえる。ホテル前の掃除はもう完了だ。降伏せず、逆らうとこうなるのだ。
そびえ立つ8階ホテルの中には生き延びている残党と今回の抗争を起こしたカヴラと化蛸がいることだろう。
やがて部下を引き連れ、親父は堂々と現れた。
「ご苦労、レイヴン。さぁ、一気にホテル内を制圧といこうか」
「へい、親父」
スカールの号令のもと、彼とレイヴンを先頭にゾロゾロとホテルに乗り込んでいく男達。
「お待ちを、スカールさん」
そこに後ろから耳打ちでスカールに話しかける一人の下っ端。
索敵要員だ。その報告は予想外だった。
「なにぃ? いないだと?」
「はい。ホテル内にカヴラさんの異源素反応はレーダーが確かにキャッチできてますが、例の相談役、ダーガンの反応はありません!」
異源素は異人ごとに色だけでなく質も違うため、元々身内であり最高幹部のカヴラの異源素データは既に解析済みでこちら側のデータベースにある。なのでもう一つ未知の反応があればそれはほぼダーガンである。
「ホテル外に潜んで奇襲の機会を伺っているのかもしれない……」
思考を巡らせる不死王。
「とにかく、手筈通りだ! 外で待つ奴は誰も入れないように固めておけ! 合言葉……定時連絡を各自、オペレーターに送るのを忘れるなよ!」
化蛸のダーガンは見た者の誰かに化けることができる。その姿は本物と見分けがつかない。
ただいくつか例外、欠点がある。それは声帯や血液などの体内のものや相手の記憶までは模倣できないこと。その人の癖や佇まいも本人が知らなければ演じられない。
また、異人に化けてもその異源素や能力も再現は出来ない。
つまりは服装も見た目も、精巧によく出来た着ぐるみを着ているようなもの。相手の姿を見ることで自分だけの着ぐるみを瞬時に作れると言ってもいい。
なのでこれから外にいる部隊は複数人、5人の1グループで行動し、各自スマホで定時連絡をし、これができなければ偽物という手段をとった。
定時連絡は決められた合言葉を本部でオペレーターをしている確認係に一定の時間内に吹き出しに文字を乗せて送るというもの。
この合言葉が正しく送られれば問題なし、送られないか正しくなければ警備に異常発生、つまり偽物と判断する材料になる。
口頭ではないのは、化蛸が紛れていた場合、盗み聞きされてこの体制が機能しなくなるからだ。
元々、今回の作戦目的で作られたシステムではなく、重要な守備固めをする際の手法でもある。
――あの化蛸ダーガンは後で仕留めれば良い。今はカヴラをぶちのめす事が先だ――!
スカールは意気揚々としながら部下とレイヴンを引き連れ、中に入っていく。
*
その光景を離れたビルの屋上から見る者がいた。石動とフォルテシアだ。
「始まりましたね」
フォルテシアは頷く。
「はい。しかし化蛸は中にはいないようです。どこに……?」
二人は恵比寿の異変を早くに察知し、双眼鏡で注視している。スカール達が来るより前からカヴラ一派の警戒が強く、殺気に満ちていた。
守りを固めていた者が遊鴉の降らす雨で次々と倒れてゆくその様も見えたが噂通りである。
*
また、別の方向、地上から歩いて現場に向かおうとしている者もいた。シーザーと蔭山だ。
「うわっ、この鴉の羽……レイヴンの奴の仕業だな」
遊鴉の彼を大バサミのシーザーは知っている。倒れている無数の死体の真ん中で呑気にしているその姿はまるで屍を貪ったりしてくつろぐカラスそのものだ。
この惨状を一度でも見た者も餌食となるのを覚悟した方が良いとされる。
「スカールの側近か。なるほど、この先が内輪揉めの現場だな。この先にいるのか……? 化蛸」
蔭山は考える。ここに黒い羽で倒れた者達はここまで必死に生き延びてきたが、最期はあまりにあっけない。
既に戦いは始まっている。急がなければ────二人は屍の倒れてる道を進む。
*
夜明けの恵比寿は化蛸による、背後からの奇襲を警戒しながらの作戦へと入っていく。
その当人は人狼少女を狩るべく、この場を放置して出ていることは、外にいる誰もが知らない……
一方、ここはホテル内。蛇拳王カヴラは自室で座り、時を待つ。舌を唸らせながら。
――留守を守れと言われたが、ここで今更大人しくハイ降伏しますとはいかねぇ。
譲れないものがある。だからこそ声をかけてきたダーガンを迎え入れ、手を組んだ。この出会いは奇跡だった。
たとえワイルドコブラや自分がその傀儡となろうが、スカールに頭を下げるわけにはいかない。
越田組が天下を取ったら、自分が残ったダークメアを全て支配下とし、このキングダムを統べる王として強さを世に知らしめる。そうしたら、越田組だろうがなんだろうが歯向かう奴は闇の向こうまで捻じ伏せてやる。
その為なら、裏切り者と呼ばれようがもう構わない。
スカール。来たら時間が許すまで盛大に殴り合いだ。手をゴリゴリ鳴らすカヴラの太い上腕筋肉が唸る。
読んで頂きありがとうございました!
次回からようやくダーガン戦に入っていきますが2025年も残りわずかとなります汗




