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第165話

 人狼少女が乗り込んだ青山一丁目を発した電車は今、外苑前駅を抜けた。


 外苑前は近くの球場で野球の試合がある時と終わりはとにかくユニフォームを着た大勢の人でごった返す印象だ。


 だがこの早朝という時間、かつ既にシーズンも終わって日本シリーズもここの球場では開催されないことが決まっているこの時期は混み具合は至って普通だ。


 地下鉄なので暗いトンネルが続いていく。外もすっかり日が昇ってきて、地平線の彼方から眩い光が差し込んでくる時間帯だろう。


 外苑前の次がいよいよ表参道だ。前の車両には客が乗ってくるが、この最後尾車両にはまだ自分以外誰も乗ってこない。日曜とはいえ、この時間帯に乗る客が何となく普段より少なく感じる。


 先ほど翡翠の言っていたことが気になった。本当にその声は零だったのか。


 とはいえ、この先にいなくなった零がいる。会える。会いたい。そんな思いが止まらない。引き寄せてならなかった。


 もし万が一、何かあっても翡翠もいる。きっと大丈夫だ。


 そう考えているうちに電車はあっという間に目的地である表参道駅に到着した。南青山の実質最寄り駅だ。


 因みに表参道駅の次が家もある渋谷駅であり、渋谷から東のすぐ隣という近い位置にあるこの街、南青山は滝沢家のお膝元である青山の玄関口とも言える。


 昨日も敵の罠を警戒した翡翠がわざわざこちらの家まで迎えにやってきた車でこの道を通った。翡翠の話や敵襲で風景はあまり覚えていない。


 近くのゴミ箱にサンドイッチとおにぎりの包み紙を捨て、いざ階段を上がっていく――が、ここであることに気づく。


 翡翠とは駅前で会うことになっている。しかし零とは……


 ――表参道に来てとはいっても、どこで待ち合わせるんだっけ??


 零は具体的な場所は一切言っていなかった。ただ表参道に来てとだけ。


 ここは渋谷駅と違って大きくはないものの、大きな交差点のちょうど地下に位置し、東西南北の様々な場所に続いている駅であり、それなりの大きさだ。AまたはB、1から5までの番号で示された様々な出口がある。改札口も複数ある。


 実は翡翠からの電話に出た際、突然過ぎて戸惑いながらも、待ち合わせをするための出口は聞かされている。その方角の改札口を抜け、階段を上がって外に出た。


 そこは交差点のちょうど真ん中に位置する。


 外からの明かりで目が眩みそうになる。とはいえ夜が明けたばかりの空は快晴ではなく、真っ白な雲に覆われている。


 駅のある地下へと続く階段がある道路の前。近くには大学もあり、ビルや大きめの建物が建ち並ぶ。

 車もそこそこ走っていて、朝の都会の空気が伝わってくる。気温も低い。静かだった滝沢邸とその近隣の高級な住宅街とは全く違う。 


 翡翠は車で来るので見えやすいように、ここで待っていれば良いはずだ――――


 その時、背中を指でツンツンされるような感触がした。


 とっさに後ろを振り向いた。


「あっ……!」


 そこに立っていたのは白い冬物のコートを着た、短く綺麗な銀髪に右目に眼帯をした、どこからどう見てもその姿は彼女だった。ちょうど一週間前にいなくなった時を思い出した。


「零……! どこ行ってたんだよ?」


 すると彼女は口元からにっこりと微笑んだ。その笑顔はどこからどう見ても彼女だ。


『諒花、待っていたよ』


 と、言わんばかりに。表情だけで分かる。


 一週間前は正体がバレると逃げ出し、攻撃を仕掛けてきた。それは仕方がなかったのかもしれない。一滴の涙をこぼしていたから。


 今の彼女はそこから解放されたような笑みを浮かべている。

 

 ──やっと見つけた、零だ……


 ここまでたった一週間。けれどもその一週間はとても長かった。


 その瞬間、右目から一滴がこぼれた。


 


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