第164話
この電話は出ないわけにはいかない。噛んでいるおにぎりを飲み込んだ後、その通話に出た。
やっぱり、怒られるかもしれない。でも仕方がない。覚悟を決めた。
「もしもし! ハナ、ごめん!」
『書き置きのメッセージ見たよ、諒花』
「ハナ……」
『突然、零ちゃんから電話来たんだよな。しかもみんな寝てる早朝に』
花予は事情を察していた。
「そうなんだ。みんな寝てるしアタシが行かないといけないと思った。それにこのチャンス、二度とないかもしれないじゃないか。ごめん!」
『諒花、大丈夫。屋敷も大きいし、起こす時間もなさそうなら仕方ない。よくメッセージ残してくれた。良い判断だよ』
『にしても、零ちゃんはこんな朝早くに諒花に電話っていったい何を考えているんだか』
本当にその通りだった。花予も心配している。元々こうするしかなかったとはいえ、怒られるのを覚悟したので少しだけホッとした。
『今、翡翠ちゃんに変わるよ。諒花に言いたいことがあるんだって』
すると花予から通話を受け取る形で翡翠の声が聞こえてくる。
『おはようございます、諒花さん』
翡翠もまだ寝足りないのか、少し眠そうな声をしていた。もし零の電話がなかったらこんな早くには起きていないだろう。
「翡翠、悪い。零から電話来てどうしても……」
『分かっています。本当に飛び出す諒花さんの彼女への思いは確かなものですね』
「翡翠の言いたいことってなんだ?」
『それはですね。諒花さんが聞いた黒條零さんからの電話のことですが――』
『それ、本当に彼女でしょうか?』
――え?
一瞬、思考が停止した。本当に零? 確かにこの耳で聞いた声は零だった。
「どういうことだよ、それ? ちゃんとアタシのスマホに登録している電話番号からかかってきたんだぞ?」
思い返しても、電話から聞こえてきたのは明らかに零の声だった。
「そうではありません。本当に彼女の声でしたか? どこかおかしい所はありませんでした?」
――あっ。
零はいつも落ち着いた声が特徴だ。だが電話から聞こえてきたのは少し元気があるように感じた。気のせいと思ったが。こういう時に念の為というものがある。
「少しだけだけど、零にしては元気があるような声だった。零はもっと落ち着いた声なんだ」
『そうですか、諒花さん……』
翡翠はこちらの返答を聞いて何かを感じたような返事をした。
『表参道で落ち合いましょう。車を出して私もそちらへ大至急向かいます』
「え、ええええっ!?」
零から電話が来たのもそうだが、同じぐらい唐突な話だった。翡翠の行動力が凄すぎる。
ひとまず、表参道の駅前で会うことになった。指定の出口から地上に出てそこで待っていて下さいと。
話しているとちょうどその場所に向かう電車がホームに来てしまったので急いで乗り込む。乗り込んだ最後尾車両には乗客が一人もいない。
思えば、改めて考えてみるとスマホにこれまで通り電話がかかってきた際に零と表示されても、例えば中郷が指示をして電話をかけてきた可能性もある。
こちらをおびき出すために。翡翠はそれを警戒しているのかもしれない。
だが、それでも零本人ならば、敵だとしてもちゃんと会って直接話をしたい。零本人なのは確かなのだから。
とりあえず残ったおにぎりとサンドイッチを口にする。着くまでには腹ごしらえは済ませたい。キャベツにレタス、卵が挟まったサラダサンドイッチは胃袋を確かに満たしてくれる。
おにぎりもおかか味で美味い。ハインの好みだろうか。
ハインはあの変態ピエロ(レーツァン)から引き継ぎを受けていて、スカール達も含めてこちらを影からフォローするためと昨日零のパソコンを見てる時に現れて言っていた。
もしかしたらさっき会ったのも、たまたまではなく、そうなることを読んでいたから部屋を出てそう見えるように居合わせたのか? こちらを察知してやってきたのか?
だがどちらにしてもハインがいなかったら花予に心配をかけていただけでなく、朝食もなく、ジャージだけで寒い朝を走っていたに違いない。
感謝しかなかった。本来、零、花予、翡翠あたりがいてくれたら、してくれたことをハインがしてくれたのだから。
ふと思えば、ハインの戦闘を見たことがない。確かなのは、凄く強そうだということ。ちっとも寝不足した様子もなく、常に余裕で不敵な笑みを浮かべた態度の裏側はとても見えない。
しかも、あのスカールと一緒に行動し、軽口も叩く様からも只者とは思えない。




