第163話
赤い絨毯がしかれた静かなエントランスから扉を開け、外の冷たい風が太ももに吹き込む。森が広がる中庭にそっと出た。
まだ日が昇っていない滝沢邸は明かりも視界を見て歩ける最低限しかついておらず、お化け屋敷のようだ。
森の中は草木が風で揺れる音がするのみでこの静寂さと早朝という時間帯ゆえの寒さを助長させる。
やはりジャージだけでは寒かった。ハインから渡された、もとは石動がくれた黒いコート類を着てきて良かった。
滝沢邸と入口の正門を繋ぐこの森の道を通るのは昨日から数えて三度目だ。一度目は翡翠、花予とともに車を降りて屋敷に向かう際に、二度目は紫水と一緒にあのトカゲ野郎を倒して戻ってきた所に、スカールとハインが屋敷の方からやってきた。
四度目にここを通る時は零と一緒にこの道を通る姿が浮かんだ。そうなったら良いなと浮かぶ願望。
――ようやく会える。零が待っている。
この一週間、今までどこに行っていたのか。お台場に身を潜めていたのだろうが、こうして現れたのは何かあるのだろう。
背後にいる中郷のこともある。とにかく今はこの目で会って確かめる他ない。
森のトンネルを抜け、庭に広がる森から正門に出た。滝沢邸は外から見ると広大な森の庭園の奥には大きな屋敷が広がっている。
明るい時間帯に来るのとは全く違う景色だ。普通に外から見たらこの暗い大きな森の奥に大きな屋敷がドーンとあるとは思えないだろう。
遠くから見たら時計塔もあるのでこの森に何かがあるということは察することはできる。そういえば時計塔の鐘はこの屋敷に来てから一回も聴いたことがない。
翡翠が意図的に時計を止めているのか、それとも先月19日、あそこのてっぺんで変態ピエロ(レーツァン)と最終決戦をしたために壊れているのか。
時計塔は全壊しなかったが、その時は変態ピエロの放った混沌にチカラを浴びせられ時計塔のてっぺんが大きく変形させられてとんでもなかった。
何せ時計塔が大きく形を変え、一発撃てばこの青山をまとめて破壊してしまう龍の砲口へと変化したのだから。
それをあのピエロはケオティックなんちゃらと言っていた。まさにムチャクチャだ。
前回の決戦の地であり、今は拠点でもある滝沢邸を出て、青山一丁目駅に向けて、高級な家々が並ぶ閑静な住宅街に思いきり駆け出す。
風を切って走る、コートをなびかせて走る早朝のランニングはやはり気持ちがいい。空は既に真っ暗ではなく、うっすらと青くなっていて雲の形がよく見える。
陽の光によってやがて明けようとしている夜明け前の道をひたすら突き進む。通行人は誰もおらず、車も走っていない。屋敷とはまた違う静寂に包まれている。
渋谷だと車や通行人が行き交っているので新鮮だ。
やがて青山一丁目駅の階段がある歩道が見えてきた。まだ早朝なので階段を降りる人影もない。
今日は日曜日。次の文化の日も入れて三連休の二日目だが、さっきから街は凄く空いているように感じた。
思えば零のパソコンを見たのもそうだが、昨日だけでとにかく朝から長い一日だった。まず早朝からニワトリ野郎と戦ってそこからパソコンの解析も終わって滝沢邸へととにかく止まらないノンストップだった。夕暮れには紫水と一緒にトカゲ野郎と戦った。
階段を降り、改札口を抜けて次に着く電車まで時間が20分もあった。
朝の6時50分着。近くに自販機と座れるベンチがあるので、地下の冷たい風を浴びながら、ハインがくれた美味しいおにぎりとサンドイッチの差し入れを朝食としていると――――、
スマホが長く震えた。これはメールでも吹き出しでもない。
そっと開くとそこに出た名前はハナ。書き置きである吹き出しを見てくれた上での電話だろう――。




