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第162話

 寝間着から着替え用にもちょうど動きやすく良い服装がジャージしかない。


 朝のランニングに着ているやつだ。下を履いて、シャツと上着に袖を通し、体が温まってくる。


 そうだ。家を出る時に零のために持ってきた、二つのゆかりの品の存在を思い出す。


 小4の時に零に誕生日プレゼントをしようと買ったが断られてしまった、サファイアのように輝く青いブレスレット。


 昨年、中学の入学式の帰りに歩美と三人でゲーセンで撮った切り取られた一瞬を8窓に写したプリクラ。これも一枚渡そうとして零に断られてしまったものだ。


 一番身長が高い自分が零と歩美の後ろから手を回して三人で固まって撮ったもので、左には零、右には歩美。淵には桜の装飾がされているが、今見ると満面の笑みを浮かべて楽しそうな歩美に対して、この時の零のクールだが可愛らしい笑顔を浮かべた一枚は今じっくり見ると込み上げてくるものがある。


 とても実は監視役だったとは思えないぐらいに自然だ。


 どちらも零ゆかりの品。これらを通してもう一度話がしたい。だから当初決めた通りに持っていく。改めて意を決した。



 準備が終わって、そっとドアを開けて廊下に出た。


「あら? 夜明けにはまだ早いわよ? どこいくの?」


 出てすぐ横の壁に背中を預けて腕を組んで立っていたのはハインだった。


「ちょっとさ、アタシの話を聞いて欲しい────」


 ここは誤魔化さず事情を説明する。ハインは変態ピエロやスカールと繋がりがあっても大丈夫そうだ。

 昨日、パソコンにはなかった情報を教えてくれたりスカール達だけでなく、こちらをフォローすると言っていたのもある。


「……ふーん、現れたのね。これは無視するわけにはいかないわよね」


 状況を理解したハインは意外にもすぐに協力的な姿勢を見せた。


「行きなさい。あなたの親や翡翠には私が言っとくから。そんなあなたの背中を押すのも兼ねて……ハイ、ちょうど良い差し入れよ」


 そう言って一つのビニール袋を手渡された。


「なんだよこれは?」


 中からは良い匂いがした。コンビニで買ってきたおにぎりやサンドイッチ。ツナとおかかのおにぎりにキャベツやレタスやたまごが混ざったサンドイッチ。


「私の夜食なのだけれど、食欲がなくなっちゃって。捨てるくらいならあなたの朝食にしてよ」


「あ、ありがとう……」


 ここでまさかの軽い朝食がもらえるのは嬉しい。ちょうど良い。が、今は急がなければならない。また零がいなくなってしまうかもしれない。どこかに座って食べるくらいなら南青山を目指したい。


 が、起きたばかりで何も食べてない。ひとまず、持っていくことにした────。


「待ちなさい」


 行こうとすると背後からハインの声がした。


「なんだよ?」


「時間的にもう電車は走っているから、駅のホームか移動中にそれ、食べたらどうかしら?」


「あ」


 まるでこちらの心を読んだかのような発言。いや、察したのだろうか。電車動いていないとか、完全に勘で思っていた。


「それとこれ」


 更にハインから黒いコートを投げ渡される。それは昨日、ニワトリ野郎コカトリーニョと戦った後に石動がくれた餞別の変装のための黒いコートと大きめのテンガロンハット、サングラスと不織布マスクもあった。


「寒いから、ジャージの上にこれを着てくといいわよ」


「そうだよな、敵がいるかもしれないよな。電車とか」


 電車で戦闘になる可能性があるが不思議なことにハインの口振りを見ていると大丈夫な予感もしてきていた。


「ワイルドコブラに電車をどうこうできるぐらいの規模はもうないと思うけど念の為ね」


 素顔も隠し、かつ寒さを凌ぐにもちょうど良い。昨日のトカゲ野郎のように敵がまだ近くをうろついているかもしれない。


 青山一丁目から電車に乗ろう。今はとにかく急ぎたいが、こういう時に冷静にならないといけない。それに電車の方が早く着けるならば────。





 *






 そんな人狼少女の背中を見送った黒闇の魔女ハイン。


 止めることも考えたが、彼女はきっと何が何でも行くと言うだろう。話をする時間を用意しても。


 今はまだカップに潜めた一枚のコインが裏か表か、どちらか判断するのも早計。動ける人員も早朝で限られているのも都合が悪い。


 ――暫く、静観するか。翡翠達が起きてくるまで。寝坊はしないだろうさすがに。




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