第161話
時は花予が目覚めるよりも前に遡る――――時計は朝の5時半を過ぎた頃。
ブルルルルルル……
まだ日が昇らない深夜。何かが静かに震え続ける。それは彼女の眠るベッドの枕元に充電状態で置いてあるスマホが断続的に震え続け起こっていた。まるで彼女に訴えかけるように。
「ん、ん……」
その音に反応し、食後から少し早めの長い眠りについていた人狼少女、初月諒花の瞼がそっと開いた。
スマホが震える音。
だがこれは普段よく感じるメールの受信や吹き出しが来たのとは違うタイプの震えだ。
あちらは二度振動する。それですぐに気づいてポケットからスマホを開くという流れ。しかも微妙に似ているが違う震え。
今起こっている震えはそれらとは違い、継続して長い時間震え続けている。
――まさか……!
電話だ。そのまさかか? ハッと目が覚めてベッドの上で素早くスマホを手に取った。もしかしたらよくある迷惑電話の類かもしれない。
スマホを開くと、相手の名前を見て一気に眠気が消えることとなる。
────零……!
間違いない。この名前と番号は出会った当初から交換した番号だ。
マンティス達がパソコンを解析して追いかけた際はお台場を最後に途中で追跡できなくなってしまったが、スマホについては向こうが出ないだけで、こちら側が連絡しても沈黙を保ち続けていただけで繋がってはいた。最も、応答がないため、どうすることも出来なかったが。
素早くスマホの電話に出るアイコンをタップしてから耳に当てる。
「もしもし! 零か!?」
『諒花、元気?』
『南青山で待っているから来て!』
乱れ飛ぶノイズの中、零の声が聞こえた。外で電話しているのか音が乱れて聞き取れなかったがこれは、これまでずっと傍で聞いてきた零の声に違いなかった。とても張った元気な声で普段の落ち着いたものとは少し違うが。
「南青山!? なんでそこに……」
プツン。
電話が切れてしまった。
――零、この一週間どこに行ってたんだよ……
とにもかくにも、こうしてはいられない。みんなはまだ寝ているし起こしに行く気にはなれなかった。
それにここは屋敷。寝ている部屋も違うみんなを起こしに行っているうちに零がまたどこかに行方不明になるかもしれない。
寝間着から急いで着替えに入ることに――と、その前に。
このまま行っては花予を心配させる。翡翠にも迷惑をかける。だから事情を残さなければ。きっと見てくれるはずだ。
スマホを持って指を動かし、文字を打つ。早く行かないといけないので長文は書けない。
「これで……よしと」
先にスマホを出し、謝罪と、南青山に行くということを軽く文章にして、眠っている花予に吹き出しを送信。気を取り直し、寝間着から着替えることにした。
南青山は表参道駅が最寄り駅であり、渋谷から見て東の方向だ。
青山に向かうために渋谷駅から電車に乗ると次の駅がちょうど表参道駅であり、次の外苑前駅を通り過ぎるとこの滝沢邸の最寄り駅である青山一丁目に到着する。渋谷から見て青山一丁目は北東に位置する。
こうして見ると渋谷と、滝沢家のお膝元である青山はご近所だ。
表参道と南青山は区分としては渋谷区ではなく、青山と同様に港区に含まれる。
今いる青山の南側に位置し、走れば電車を使わなくても行けなくもない。
だが零が待っている。どんな手を使っても最高速度で何としても向かいたい。お台場から表参道までどう移動してきたのかは気になるがグズグズしていられない。
早着替えをし、最低限身だしなみを整え、いざ出発の準備に取り掛かる────。
読んで頂きありがとうございました!
前回の第160話の致命的なミス(もう始発は過ぎているのに始発について明記してました)修正だけでなく、傍点もつけたい所があったので追加しました。




