第160話
「諒花……どこにいったんだい?」
もぬけの殻となっていた部屋を見て戸惑う花予。
「いやいや、まずは冷静になろう。何があったか探るんだ」
誰かに連れ去られたという線はなさそうだ。荒らされたり争った形跡もない。そもそもここは滝沢邸なので敵の侵入はないだろう。そこは翡翠がしっかりしているだろうから。
監禁された場所から脱出するゲームや、裁判で勝訴を掴み取るゲームのように調べてみようと意気込み、まずはリュックに着目する。
部屋に置いてある諒花が背負ってきたリュックの中には昨日着ていた寝間着があり、持ってきた私服、ジャージが一着無くなっていた。
御馴染みのセーラー服も、昨日の戦いで汚れて洗濯中のため、寝間着からジャージに着替えてどこかに出かけたのだろう。さすがに沢山ある予備のセーラー服は家に置いてきてしまっている。
次にスマホはどうやら持って行ったようだ。机にも枕元にもない。リュックの中にもない。
となると。
自分のスマホを取り出す。開くと諒花の吹き出しを知らせる通知がトップ画面に表示されていた。最初からこうすれば良かったというのは置いといて、恐る恐る、親指をその通知の上に置いた。
『ハナ。勝手なことをしてごめん。夜中に零から電話がかかってきて――――』
そこには諒花がどこへ向かったのかがハッキリと書かれていた。
「零ちゃん……! 諒花に連絡してきたのか!」
可能性は限りなく低いと思っていた。こちらから電話しても一切応答がないからだ。
だがその低い可能性が今、的中した。行方をくらませていた零の方から突然連絡してきたからだ。それで諒花は呼ばれたその場所へ急いで向かった。
今は6時半を過ぎ、電車も出てる時間帯。とはいえ、諒花が抜け出したのはそれよりももっと早いだろう。
仮に電車に乗らなくてもここから走って行こうと思えば充分行ける距離だ。諒花ならば。
――今度は勝手に飛び出す前にちゃんとフォローくれたな、エライぞ。
昨日の朝も歩美に危険が及んだ際、自分は狙われている身にも関わらず、それを考えずすぐ飛び出す失敗をしたが、今回はちゃんと残される側を考えて、連絡を残してくれていた。
蔭山から聞いたがその時歩美には危険がなく、その後、自分の身を考えない諒花を蔭山は叱ったという。
「諒花なら今から30分前ぐらいにここを出たわよ」
後ろから聞き覚えがある、小悪魔な少女の声がしてとっさに振り向くと、そこには昨日突然現れた黒い少女が右手を腰に当てて立っていた。そう、翡翠とも面識がある――、
「確か、ハインちゃんっていったね? 諒花と会ったのかい?」
「ええ。黒條零から電話が来たから行くって、もの凄く必死なようだったから」
出たのが30分前というと朝の6時手前かそれぐらいだ。電話が来たのはそれよりも少し前に違いない。
「この時間だしお腹空いてると思って、昨日コンビニで私が自分の夜食用に買っておいた残りのおにぎりとサンドイッチの余り渡して、寒いから変装用の黒いコート着込むようにとか色々と助言しといたわ」
「そこまでしてくれたんだ。ありがとうね、ハインちゃん!」
思わずハインに近づき、思わず白い両手を握った。その白い手からは小悪魔らしい冷たさ。慣れていないのか、少し驚いた不思議そうな様子だ。朝食も含めて気を遣ってくれたことに深く感謝する。
因みに黒いコート類は昨日、朝にホテルから諒花が逃げてくる時に着てきたもので、もしものことも考えて家から勝手に持ってきておいたのだ。
「それにしても零ちゃん、急に連絡してきてどういうつもりなのか……」
全く意図が分からない。今までこの一週間音信不通だったのになぜ急に。
ひとまず、プライベートルームで寝ている翡翠を起こしに行く。
諒花の向かった先はもう分かったので、ここから先は彼女の手を借りる他ない。
何か対応してくれるならば、今ならまだ間に合うだろう――。




