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第158話

「……寝れねえ」


 不死王スカールは目覚める。4時間ほど眠ったが目が覚めてしまった。夜明けにはまだ少し早い。

 仮眠室のベッドで目が覚める。恵比寿のホテルへの攻撃準備はレイヴンに指示して進めてくれてるのでこうして寝ていられる。


 現地に潜り込んでいる部隊含めて全ての体制が万全に整うのは夜明け。内紛の対応と両面でやってくれている奴もいる。なので準備時間として設けた。滝沢邸にいるハインにも夜明け後の方針は共有してある。



 向こうは残党だ。戦力数は圧倒的にこちらが上。しかしあの化蛸の存在が、向こうの手札に潜む一種のババ札、ジョーカーだ。

 

 その能力チカラでこちらの兵隊に化けて紛れ、後ろから騙し討ちとか、奇襲も容易だからだ。並みの人間は見た目で騙される。

 残党が籠城している恵比寿のホテル、グランフォール恵比寿にそのままいるとも限らない。


 ────もしかすれば、予想できない裏をかいてくるかもしれない。


 相手は全盛期はXIEDシードを相手にしても生き延び、何度もくぐり抜けてきた凄腕の殺し屋であり工作員、テロリストだ。殺した数と同じぐらい人を騙している。まさに過去からやってきたかつての大物。


 だが無策ではない。他にも武器だけでなく、異源素ゼレメンタル反応をキャッチするレーダーの準備もこの一夜で入念に進めさせている。


 小型で持ち歩ける機械であり、異能者、即ち異人ゼノのチカラの源たる異源素ゼレメンタルの反応をキャッチできる……




 

 朝からワイルドコブラの本部を潰しに行ったり、滝沢邸で青山の女王と前倒しで密会し、あの人狼姫とちょっくら遊んでと動きっぱなし。さすがに仮眠が欲しくなったが……寝れなかった。


 内紛を起こさせ組織内の膿を出し、同時に中郷を打倒するプロジェクトも最高機密なのに青山に援軍として送ったハインがベラベラ喋ってたから、やむを得ず翡翠には明かす方向で方針転換せざるを得なかった。わざわざ前倒しするほど抱いた嫌な予感は的中したわけだ。プロジェクトの事をバラしやがって。


 とはいえ、それ以前に気が変わってハインの事が気がかりになり、前倒しで赴いたのもあって、奇跡的に僥倖な所もあった。


 人狼姫含めて他の連中が出払っていたからだ。いたら全てをこちらの口から説明することになっていただろう。ハインに促されながら。

 そのためプロジェクトを知るのはあちらでは翡翠のみ。あの女には今回の抗争の件で賠償をしなければならないが、それは別にいい。上手く利用すれば役に立つ女だ。


 ハインの代わりにレイヴンが行けるならば行かせる所だったが、内紛対応で手の空いている人員と、かつこちらの不手際に怒る翡翠の機嫌をとり、満足させられそうなのがハインしか残っていなかったのがむしろ良かったのかもしれない。


 全く、余計な手間がかけさせやがったが、軌道修正できたから良しとする。


 今はそれよりもぼちぼち身支度だ。恵比寿に乗り込むために――。





 鏡に映る自分の情けない立ち姿。ツルツル丸い頭でハゲ頭と嘲笑されたこの姿を、好き好んで自分から人前で見せることはない。


 クロゼットの中から青白い長髪を取り出して自分の丸頭に被せ、同時に中から愛用の紫のフチに黄色いレンズのゴーグルを取り出して身につける。他にも同じ形をした色違いのゴーグルを多数入れている。


 ――俺は、スケルトン人間として生まれてこの方、これまで一本たりとも日差しから頭を守る髪が自然に生えてきたことはない。


 だから髪染めや散髪とは無縁で昔、ガキの頃からこの頭を馬鹿にされ続けてきた。



 この被りカツラがなければたちまち太陽光で頭から溶けてしまう。ドロドロのアイスクリームのように。特に真夏の太陽は地獄だ。外を歩く時は日傘がなければやっていけない。


 幸い、今日は直射日光を遮る白い雲がかかる天気だという。これならば外で戦闘になっても天候を気にせずにやれる。


 この体は骨化して分解する事ができる。だが防御力は無いに等しく、軽く殴られただけで簡単に体が粉砕されてしまう。異人(ゼノ)はいくらラルムになろうと何かしら弱点はある。この能力チカラ、体はアンデットのようなもの。



 しかしその代わりに砕けたこの体は再生できる。それもわずかなエネルギーで。破壊と再生をとにかく繰り返すこのサマは見た誰もがこう表現する。無敵と。


 コツを掴まなければ体を復元させることも完全な再生もできない。ただのクソ低耐久な軟弱な体だ。生きたくて生まれ持ったこのチカラを研ぎまくった結果がこれだ。


 カヴラとタイマンになろうと、負けるつもりはない。存分にやり合ってやる。


 今日でワイルドコブラの抗争は終わる。そうすれば事は落ち着く。後は内紛者、つまりネズミどもを黙らせ、来る時を待つだけだ。



 準備運動がてら、朝飯前に好きな音楽でもかけて久しぶりに歌うとしよう。


 この夜明け前に────最近は忙しく、ステージの上でマイクを立てて歌ってもいない。




 ――そういや、最後に歌ったのいつだったか? 夏の終わりか? どうでもいい。マイクを持ったらブランクなんか関係ない。 



 俺はハゲ頭とバカにされてきた。しかも生まれ持った特殊なこの体に苦労した。そんな俺にも生き甲斐はあって、地下のライブハウスでロックを聴くことで憂さ晴らししていた。


 ライブの間はムカつく言葉や仕打ちも忘れられるからだ。


 しかし、俺の前に現れたあの野郎は違った。



『お前、面白いチカラ持ってるのに見た目で損してないか?』


『バカはどこまで行っても物事を考えることも理解することもできねぇ。すぐイメージや偏見だけで化け物認定するんだ。そういう奴は黙らせて、内心見下して笑ってやればいい』


『いっそカツラにゴーグルとかどうだ? 似合うと思うぞ、お前なら……』



 レーツァンだ。奴は生まれながらに稀異人ラルム・ゼノで、混沌を操るチカラを持っていて同じ異端的なものを感じた。混沌だからたぶん対照的な調和的なものには凄く弱いのだろう。もう一つの光と闇のような関係。


 いつもデスメタルのボーカルみてえに笑っていて何なんだコイツはとなった。


 異人ゼノは個体によって炎、雷、水、植物などあらゆる属性を操り、あるいは昆虫や獣、魚、鳥、爬虫類など特定の動物、ハサミや透明人間など特殊な姿になれたりする。


 だがレーツァンの操るその混沌という本来フィクションにしかない得体のしれないエネルギーを出すチカラ。緑炎にもなり、大地や草木を燃やし、その気になれば人や物を溶かす。

 

 その不気味なチカラで逆に見る者を恐れさせていた。俺も頭がハゲでスケルトンであることで恐れられたように。


 見た目や生まれ持ったものだけで、世の中の輪から弾き出される理不尽なこの世界。


 太陽光からも拒絶された俺を初めてハイにさせたのはライブハウスもそうだが、


 こんな世界で特殊な体で生まれたのが俺だけじゃないと初めて思えたのがレーツァンだった。


 だからこそ、アイツの計画通りに膿を出し、中郷を倒すプロジェクトを完遂しなければならない――――まだ始まったばかりだ。ライブのように。



読んで頂きありがとうございました!

次回から夜明けに入っていきますが、ここで前々からやりたかったですができなかった状況整理回も一緒に投稿したので楽しんで頂けると幸いです。

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