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第156話

 真夜中となって静寂と闇に覆われても、この街は微かな明かりと人が行き交い、眠ることを知らない。渋谷はそういう街だ。


 陽が昇るのはまだ早い夜中。午前2時を回った頃。


 渋谷の病院のある病室のベッドで布団を被って眠っている一人の金髪の男。枕元には愛用の赤いバンダナが置いてある。


 昼間、諒花より先に青山に向かうはずが、黒條零の姿を見かけ、好奇心で追いかけたがそれは彼女になりすましたバケモン。まんまと罠にはまり、病院送りにされてしまった大バサミ。そう、シーザーである。


 以前、死神の樫木に敗れて因縁がある彼は、せこい手段で脱獄を試みて失敗し檻に再投獄された死神とは対照的に安息の中にいた。


「胸騒ぎがするぜ……」


 目が覚めてしまった。布団を被ってもまぶたが開いてしまう。


 ──眠れねぇ…………


 とてもこの時間に寝て、朝を迎えられる気がしない。明るいうちから寝ていて夕飯もまともに食ってないからだろうか。

 この4階の病室はちょうど窓際にあり、そこからは眠らない大都会の道路や街並みが眼下に広がっている。


 先ほど、眠れなくて窓から吹く風に当たっていたら、いかにもな黒塗りの車が列を組んで何台も駆け抜けていったのを見たのだ。どこへ向かったのかは知らないが。


 どこからどう見てもあの銀髪女、黒條零にしか見えないと思って近づいたアイツ。あれは本人ではないことをあの後知った。それは病院送りにされた後、取り調べで駆けつけてきた刑事、蔭山の口から語られた。


 化蛸のダーガン。戦った事はないが、ある酒場で店主から語られた話でその名前は聞いた事があった。


 色んな異人ゼノが集まるこの裏社会で名を上げる前、その猛者がかつてはこの関東裏社会で最大組織だった岩龍会にいて、殺し屋でありテロリストでもあり、好き勝手やっていたという話。


 その異名通り、蛸人間でしかも自在に姿を変えられる。つまり姿で人を騙せるため、商業施設などに爆弾を仕掛けたり、脅迫して電車を無限に走らせたり。表社会を騒がせた、岩龍会でも悪名高い奴だったという。


 しかし現在、岩龍会にとって代わったダークメアを仕切るレーツァンとスカールに当時倒され、語り継がれる化蛸伝説は幕を閉じた……はずなのだが、そいつは今もこの街のどこかに潜んでいるという。


「こうしちゃいられねえ……」


 大バサミの異名を持つ男は起き上がり、トレードマークである赤いバンダナを頭に巻いた。今、外で何が起こってるか確かめたい。


 空腹感がある。こんな状態で戦えるわけがない。こんな真夜中じゃファミレスも閉まってるだろう。コンビニで弁当でも買ってくるか。


 すると同時に部屋の明かりがついた。


「起きてたか」

「け、刑事さん!?」


 突然現れたのは茶色いトレンチコートの渋い刑事、蔭山だった。明るいうちに取り調べにやって来た以来の登場だった。


「なんであんたがここに?」

「捜査が一段落して手が空いてるからな、ついでに様子を見に来た」


「化蛸の奴はどうなったんだよ? 捕まえられたのか?」

「まだだ。けど今回の事件ヤマ、想像以上にやばいことになりそうでな」


 なぜ、かつて倒されたはずの伝説の男が今になって現れたのかは不明だ。


「やばいって何がだよ?」



「恵比寿で……戦いの予感がする」


 蔭山は語る。現在、渋谷の南に位置する恵比寿は異様な殺気に満ちている。ガラの悪い着崩したスーツを着た連中がビル街にある一つの貸し切りされたホテルに集まっているからだ。


「そいつらはなんだ?」

 黒塗りの車と関係がありそうだ。


「ワイルドコブラの残党だ。奴ら、幹部勢がみんな諒花達に倒された挙句、本家のガサ入れで本部を潰されたからな。各地に散らばる手下が集まるそこが最後の砦のようだ」


 その連中を監視すべく、化蛸を追うフォルテシアと石動も動いている。また、石動の繋がりを通して滝沢家の翡翠から得た情報で、その残党軍を指揮しているのがよりによって化蛸のダーガンであった。恐らく恵比寿のどこか、あるいは部下を指揮できる近くに潜んでいると思われる。


 蔭山ら警察、フォルテシアらXIED(シード)は連携し、以前から目立たない場所で主に喫煙者を狙った殺人を繰り返すダーガンを追っており、そして成り行きでフォルテシアと行動している石動も、ワイルドコブラと抗争している滝沢家の執事。


 今、連続殺人事件と抗争がそれぞれ繋がろうとしていた。


「オレが寝てるうちにそんな事に……」


 唖然とした。話が飛躍しすぎている。青山に行くはずだったのに、渋谷であの銀髪女、黒條零と思って追いかけたのがこのザマだ。


 いくら二次団体とはいえ、ワイルドコブラの幹部達は下手な異人ゼノよりずっと強い奴らばかりだ。


 それに勝ってしまう人狼女、羨ましいぐらい大したものだ。だからこそ悔しい、この手で打ち負かしたい。

 元々あの若さで稀異人ラルム・ゼノと呼ばれ、しかもダーガンを倒したレーツァンに勝ったほどなのだから当然といえば当然だろうが。


「刑事さんはこれからどうするつもりだ?」

「俺も折を見て恵比寿へ向かう。ただこれから腹ごしらえのつもりだ。カプセルホテルで少し仮眠してたからな」


 つまり仕事が終わってカプセルホテルで仮眠、そしてわざわざこちらの様子を見に来てくれたという事になる。なんて良い刑事さんだ…… 


「待て! オレも行く! 何か奢らせてくれよ」


 蔭山には先月19日の滝沢邸で死にかけた時も助けられて御礼だけで何も返していない。

それにこの空腹を満たしたくて何か食べようにも一人でコンビニ弁当はどうも寂しい。


 同じ話を共有できる相手と話ながら食うほど美味いメシはない。


「怪我は大丈夫なのか?」


「もう回復したぜ!」


 傷はもう癒えている。一突きにされた傷もどうってことない。異人ゼノだから。


「奢りなら遠慮する。気持ちだけ受け取っとくよ」


「そうか……」


 まぁ、市民に奢られる警察官というのもおかしな話だ。


「だが、一緒に食事するならいいぞ。俺もあんたと食えるなら悪くない。近くに夜中でもやってるそば屋あるから来るか?」


「ホントか!? 刑事さん、なら一緒させてくれよ」


 途端に温かいそばを大盛で食いたくなってきた。刑事と裏社会に生きる異人ゼノの正反対かつ奇妙な友情がそこにはあった。


 夜明けにはまだまだ早い。空は真っ暗。冷たい風が吹く。とはいえ、腹が減っては戦はできぬと食事に繰り出す二人の心は晴れやかであった。


 寒い夜に二人で食うそば、うどん。夜中の寒さを忘れさせる良い匂いをまとった吹き出る湯気に、麺の感触といい、かまぼこに天ぷら。とにかく格別であった────。

 




読んで頂きありがとうございました!


次回はまた視点が変わって、諒花が眠っている間のこの長い夜、最後の話に入っていきます。

ヴィランズ再登場、樫木脱獄、そこからワイルドコブラの背後に越田組とカトルズ判明、渋谷のフォルテシアと石動の模様、

ダーガンとカヴラの関係とここまで描いてきましたがいよいよ残り一つとなりました。


あと最後にお知らせ。すいません。本日は体調があまり良くないため、更新はできましたが体調については様子見をしています。

この続きは水曜日夜を予定してますが体調次第では延期も可能性もあるので予めご了承下さい。

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