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第153話

 樫木の口から飛び出した、その名前を聞くのは当然、初めてだった。


「ハインさん。Mr.カトルズとは?」

 翡翠はハインの方を見た。


「私も初めて聞いたわ」


 彼女も知らないようだ。これは意外だった。互いに顔を見合う。


 それこそが今の越田組の事実上のトップ。化蛸ダーガンも死亡したと思われていたが、行き場を無くした元岩龍会には一応当てはまる。


 今、散りばめられた点と点が互いに繋がって、一つの形を成そうとしていた。


 あの4人の先輩方から聞きましたが、と樫木は前置きして続ける。


「今、ワイルドコブラの抗争以前にダークメアで起こっている内紛があるだろう? あれも僕は内紛起こした連中の正体が分かったよ。越田組に与した奴らさ」


 これまでスカールが話していた、レーツァンが初月諒花に倒された後に起こったダークメア内での内紛。それまでは面従腹背して組織内に潜み、レーツァンやスカール達が予てより打倒中郷のプロジェクトの一環で組織から出したかった膿ともいうべき連中。反乱軍、ネズミともいう。


「奴らがそれまで表向きはダークメアに従うフリをしてきたのも、後ろ盾ともいうべき越田組、いやMr.カトルズがいた事が大きい」


「つまりはダークメアを倒したあとのこの関東裏社会の天下をとるつもりだったのでしょうね」


 スカールも内紛の黒幕の存在には気づいているようだったが、さすがにMr.カトルズの存在にはまだ気づいていないのかもしれない。名前も会話の中で一切出てこなかった。というか樫木の口から今、初めて出たばかりだ。それぐらい秘匿されてきた存在ということか。


「次にこの内紛に乗じて滝沢と抗争を起こしたワイルドコブラも今はダーガンが指揮権を掌握しているようだけど、あれも三大幹部の一角のカヴラに付け込んで、上手く利用したんだろうな」


 尋問した4幹部、更に立ち聞きしていたハインが話してくれた事が浮かんだ。


 今回の抗争はカヴラと彼に招かれた相談役のダーガンが主導となって起こした。そのため、他の幹部達はただカヴラから成功すれば何かしら褒美がもらえるというだけで参加し、抗争の本当の意義を知らずにここまでやってきた。


 レーツァンを倒した初月諒花を倒す。ただそれだけだ。


 彼らに外様であるダーガンへの忠誠心みたいなものはなく、本部の壁やエアコンが新しくなった事も含め、彼の采配に振り回されていた。 


 相談役に就任したダーガンの指揮の下、初月諒花を狙い続けた。だが、参加した幹部全て敗れ、更には本家からスカールが品川にあるワイルドコブラ本部に行った事でそこにいた者が一部除いて殆ど降伏。戦力を大幅に削られた。


 そうして逃げ延びた層や各地で散り散りになったワイルドコブラの残党、カヴラ一派は今現在は渋谷の南、恵比寿のホテルに滞在し、そこから越田組と合流して逃げる予定だという。


 4人の幹部のうち最後まで残り、当初は滝沢組事務所を制圧し、滝沢邸侵攻を企てていたレカドールには、スカールによって本部が陥落した事に伴い、それが諒花と紫水と戦う前に伝えられ、レカドールは彼女らの首を手土産に合流する手筈だった。




 かくして緊急尋問は今回の諸悪の根源の名を暴く形で終わった。それにしても、まさか先月の19日に捕らえた男からこんな重大情報が出てくるとは思わなかった。


 何と幸運か。もし、越田組の内情を知る樫木がこの場にいなければ、あるいは脱獄を企てなかったらカトルズの名前はまず知れなかっただろう。



 スカール達が打倒中郷のプロジェクトの絵を描く一方、それ以前に越田組、カトルズは何やら大きな絵を描いている所まで行き着いた。


 樫木の安全は保障する。情報と引き換えに事件後は釈放する事で合意した。


 しかし彼に事件後まで地下でふんぞり返られるのもいい気がしない。そこで青山の女王は脱獄のペナルティを言い渡した。


「あなたには脱獄した罰として4幹部と一緒の檻に入って頂きます」


 そう、4幹部と同じ檻に入れることである。二度と脱獄しないように檻の外に監視をつけた上で。


「ちょっ、待てよ! 約束が違うぞ! 別の檻に入れないと僕が殺される! 安全は────」


「それについては問題ありません」


 一蹴。かくして、新ルールが適用された上での再投獄されたがそこはまさに化け物の巣窟。


「ブンブン! さっきはよくもやってくれたな!」

 

 樫木が入れられた途端、怒り心頭なのは脱獄に利用された哀れな戦闘蜂、ビーネットだった。


「一人だけ逃げようとした卑劣極まりない裏切り者の登場ゴスね!!」


「コケーッ! たっぷり可愛がってやるから覚悟しろよ!」


「レへへへへ……今夜は寝かせませんよ」


 スコルビオン、コカトリーニョ、レカドールも怒り心頭で迫る。樫木は尻もちをつき手を前に命乞いをする。


「や、やめろ!! もうしないから……お願いだ何でもするからさぁ!!」


 ――これが報い。こんな事なら抜け駆けしなければ良かったかもしれない。ハインがいた時点で────


 ダメ元で振り向いて檻にすがりつき、檻の外に立つ二人に懇願する。


「頼む! 違う檻に戻してくれ! なんでコイツらと一緒なんだよ!」


 その足掻く様を檻の外から見物する翡翠とハイン。


「ダメです。ここにいる時点で安全は保障してますから。事件後の釈放まで、大人なら上手く立ち回って下さいな。そうすれば安全です」


「くっ……!」


 翡翠の言葉に固まる樫木。安全とは、そういう意味で言ったわけではないのだが。



「敵同士、どうぞこの箱庭で、囚人ライフをお楽しみ下さい。では」


 翡翠は微笑し去っていく。するとハインも続くが、振り向いて思い出したようにニコニコしながら、


「あ、そうそう! 檻の中で誰か一人でも死んだら釈放と復職は全員白紙ね。穏便に大人の対応を心掛けなさい」


 そう言い残し去っていくハイン。つまり幹部達が樫木を腹いせに殺せばアウトであり、ハインがスカールに話をつけてくれなくなる。逆に樫木が誰かを殺しても恨みを買い、樫木もシャバに出られない。まさに生き地獄。



 すると再びハインが顔を出す。一つの長方形の箱を檻の中に投げ入れ、コカトリーニョがキャッチした。


「コケ? トランプじゃないか」

「これ使って遊んでなさい。工夫すれば5人で無限に遊べるわ」


 渡した箱を開けるとどこにでも売ってそうな裏面が紫のトランプカードだった。しかしジョーカーの絵柄は輝かない金髪に白と黒の仮面を被り、右目が膨張している男、そうレーツァンをあしらったものとなっている。そう、ダークメアの運営するカジノではお馴染みのトランプである。


 ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ……


 4幹部達はそれぞれが意気投合し、トランプを受け取ったコカトリーニョを中心にひそひそ話した後、樫木を睨みつける。


「樫木、今夜は寝かせねえからなブンブン! 大富豪で勝負だ!」

「今夜は寝ないで神経衰弱やるゴスよ!」

「コケーッ! ポーカーやろうぜポーカー!」

「レヘヘヘ、ババ抜きはどうでしょう?」


 4人ともトランプに熱くなる一方で、肉体的な意味では報復できなくても、イカサマや共闘込みで樫木をフルボッコする気満々であった。


「冗談じゃない……まあ、血祭りにされないだけマシか……」


 かくして、5人のヴィラン達による恐怖の無限トランプが幕を開けようとしていた……





 さて、残りはMr.カトルズ。彼については一見すると初耳の名前なのだが。


 

「ねえ、翡翠。カトルズって何語だと思う?」


「フランス語で14を意味しますね、ハインさん」


 英語は学校で当然一般教養として習う。英語で1・2・3はワン・トゥー・スリー。一方、フランス語で1・2・3を意味するアン・ドゥ・トロワより先はどうなっているのか。学生の時に興味本位で調べたことがある。


「ならもう分かったでしょ? カトルズの正体」


「ええ……」


 樫木の口から出たそれは初耳だったが、カトルズという単語自体には心当たりがあった。



 14。



 ただこの数字から正体に辿り着くのではない。人間誰もが持つ名の頭文字の順番に当てはめると、該当する人物は一人しかいない。


 あの昼間に開けた黒條零のパソコン。そこから得た情報と結び付ければ、今の翡翠とハインにはわざわざこの謎解きを解かなくてもすぐに分かってしまった。しかし謎解きの答えはそんな迂回路が正しいかを立証するためにもある。


 この謎解きも本来は、解いてはいけないパンドラの箱かもしれない。

 

読んで頂きありがとうございました!

9月上旬の第139話から長く続いた「それぞれの夜と死神再び」はこれでやっと終わりです。人狼少女2自体が最近、週一になったりして申し訳ないため、いつもより長めにお送りしました!

主人公、諒花が寝ている間に繰り広げられる長い夜はもう少しだけ続くのですが、久しぶりの区切りという事になります。

長い夜を終えると再び諒花の出番が回ってきて走り続ける予定なので宜しくお願いします。

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