第149話
「ご苦労でしたわ、ハインさん」
能力を封じる、特殊な異原石を使って作られた手錠で彼の両手を拘束。動けなくなった彼はハインによって玄関で待っていた翡翠の前に引き渡された。身動きがとれない樫木がうつ伏せで倒れ込む。
「ちょろいものよ。というわけで早速始めるの? 緊急尋問」
「ええ、幹部4人全員に私が直々に訊きます。越田組と相談役である化蛸について。明日やるつもりでしたが、予定変更でやはり今夜やっちゃいます」
「4人の処遇と樫木についてはこちらに任せて。それを餌に上手く吐かせましょ」
紫水には花予が風呂から上がってきたら、急用ができたので少し待ってて欲しいと伝えるように指示してある。ハインもいるのですぐ終わるだろう。
監獄で行われていた幹部4人の話に聞く耳を立てていたのは脱獄を目論んだ樫木だけではなかった。そう、スカールによって援軍としてここに残る事を命じられたハイン。
彼女は獄中で行われていた会話を全て翡翠に報告し、二つの事柄の関連性について早急に真相を確かめるべく、今まさに青山の女王は立ち上がった。
相談役。それはこれまで知よりも力重視のワイルドコブラにおいて、知を授けた存在。スカールから聞いたかつて彼とレーツァンが倒したはずの、死んだはずの化蛸のダーガンだ。
だがそのダーガンのバックに思いがけない存在がいることをハインから伝えられた。
越田組。それはかつて存在した岩龍会系の組織で人攫いや人身売買で稼いで名を馳せた組だ。翡翠も存在は知っていた。
今から11年前の2013年にXIEDによって壊滅させられたはずの組がなぜ今になって活動しているのかは分からない。
滅んだはずの越田組はそもそも樫木と繋がりがあるようで、更には既に死んだはずのダーガンとも繋がりがある。
ダーガンは表向きにはボスのカヴラがどこからか連れてきてワイルドコブラに加入した事になっているが、そのどこかというのは越田組に違いないだろう。
越田組から来たダーガンは事務所の修繕など資金援助をし、組織を改革、掌握していったという。その資金も越田組のもの。
今回の抗争のバックにいるのは、まさに滅んだはずの過去の亡霊。
バックで暗躍しているのは中郷もだがその関連性はまだ分からない。しかし黒條零のパソコン内でワイルドコブラを動かせる旨の発見をしていた中郷と、越田組とダーガンの関係性はあると見るべきだろう。
そのためにも、聞き出さなければならない。確かめなければならない。ダーガンはともかく今回の件、背後がとんでもない闇がある気がした。
「尋問は渋谷にいるフォルテちゃんと石動ちゃんにも立ちあって欲しいですが仕方ないです……聞き出した情報を、あとで共有することにしましょう」
越田組とワイルドコブラの関係、更に越田組からやってきた相談役ダーガンについて詳細に調べるべく、尋問が開始されようとしていた……
*
時を少し遡り、翡翠が初月親子と妹との夕食を終え、樫木が脱獄する直前。すっかり蚊帳の外であった渋谷にいる翡翠のもとに電話がかかってきて報告を受けた。
それは石動千破矢。彼女はコカトリーニョによって早朝に荒らされた渋谷ヒンメルブラウタワーの後始末のために初月諒花を逃がし、その場に残った。
その後、帰り際に黒條零を渋谷の街でたまたま見つけて話しかけるも、それはダーガンが化けた偽物で彼女ではなかった。そんな化蛸を追っていたフォルテシアとたまたま合流し、今はともに共同戦線で行動している他、更にフォルテシアは警視庁の窓際刑事でXIEDと警察の橋渡し役、蔭山とも連携し捜査にあたっている。
『翡翠様。一度そちらへ戻りますか?』
「いいえ。あなたはフォルテちゃんに同行し、渋谷で化蛸に目を光らせて下さい。化蛸の話はスカールさんから聞いてまして、ワイルドコブラとも話がリンクしていますから」
そうしてスカールが話していた化蛸とワイルドコブラの繋がりを石動にも共有した。すると今度は石動も渋谷での化蛸絡みの出来事を共有してくれた。
かつて8年前、スカールとレーツァンが倒し、死亡したと思われていたダーガン。
だが彼はいつの間にかワイルドコブラに所属し、本家を仕切るスカールさえも品川にあるワイルドコブラ本部に乗り込んで初めてその生存と相談役としての所属を知ったほどだ。
化蛸は今回の抗争においても指揮をとってきた参謀役で知を授けてきたまさしくワイルドコブラの頭脳の正体。
化蛸は今も渋谷のどこかに姿を変え潜伏している。その能力によって自在に姿を変えられるため、パッと見てただ監視カメラやドローンに映った映像や肉眼で目の前の人混みから彼を見つけ出すことは困難。
稀異人である彼はただ姿を変えるだけでなく自身が発する強力な異源素の制御にも秀でているのだろう。それも巧みに。
いわば自分の気配を操れる。しかも現れる時は現れる。変身能力も相まって都合良く噛み合い、偽装を成している。
でなければ、レーダーや異人の勘で異源素反応を察知し、尻尾を掴まれるのがオチだ。気配を殺せない未熟な異人がそうだ。化蛸はそんなヘマはしないだろう。
何せ昔の悪行の数々に加え、それを追うXIEDも確保できず、フォルテシア相手に今も逃亡し続けられているのだから。彼がそうとうな実力者である証拠だ。
石動が遭遇した時、黒條零の姿をとっていたのも彼の変身のレパートリーの一つに過ぎない。ここである疑問が出る。
――そもそも、彼女に変身できるのはなぜだろうか? 第一、知らない者の姿に化けられるわけがない。死んだと思われていた彼がどこで、なぜ彼女のことを知ったのか?
また、黒條零に化ける理由は諒花が目的だろうが、わざわざ彼女という目立つ存在に化けるのはなぜなのだろうか?
初月親子が滝沢邸に到着した頃に判明した、抗争より数日前から渋谷区で街の裏路地などで煙草を吸っていた一般人を殺して回っている犯人犯も彼であるという。殺戮を繰り返しもはや好き勝手だ。
その犯行の中で大バサミのシーザーを病院送りにしたのも彼であり、蔭山が搬送中のシーザーの元に駆けつけ、直接話を聞きに向かいその所業が明らかとなった。
シーザーは初めて見たその姿を零と思い込み声をかけたが逃げられ追いかけた。しかし一度遠くに逃げて姿が見えなくなったその先で零から男の姿に変わった事で追いかけてきたシーザーに不意打ちを仕掛けた。
ただの通り過ぎた通行人と思われた男にいきなり攻撃されたのだ。
「化蛸について、何か分かったら連絡を下さい。お疲れ様です」
無関係な一般人もいきなり攻撃され、何が起こっているか訳が分からないまま殺されてしまうだろう。
ゆえに喫煙者が集まる狭い場所に迷い込んでも気づかれず、自然と溶け込み、背後をとることもできる。
性別は男。これは異名とともに悪名高い周知の事実。だが化けているうちは女にもなる事ができ、普通の女装や変装とは比べ物にならない。有名たる所以。
敵の頭脳であり、殺人鬼である化蛸をフォルテシアが追っているのは好都合だった。
スカール、そして石動からの情報によって、次なる目標は渋谷にいる化蛸に狙いを定める――もし黒條零が見つかったならばその時は予定を調整する。
と、休憩しながら情報の整理と明日の予定を考えていた所で樫木脱獄の報をハインから受けるのであった。




