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第148話

「クソっ!! よりによってここであのカマキリに出くわすとは!!」


 横にベルトコンベアーが続く通路の先に見えた鉄の梯子を上り、丸いハッチを開けてどうにか地上に出た死神。


 このシャバの空気は約二週間ぶりだ。外は雨は降っておらず、秋風が吹く夜の庭園が広がっていた。だがようやくシャバに出たと思いきや、そこにまさかアイツがいるなんて誰が予想できるだろうか。


 すぐに透明能力で姿を消して夜の闇に溶け込んだ。そして持てる全速力で突っ走った。草を踏む音、かき分ける音、これら動作の音は能力で消すことはできない。


 動かなければ音も立たない。檻から出ても、ここは青山の女王が支配する庭園。いわば女王の掌の上。早く森から抜け出さなければやられてしまう。


「待てー!! 死神!! 今度は俺が引き裂いて暗い監獄に戻してやる!!」


 背後からはカマキリの羽音と怒号。背後から向かってくるカマキリを避けるように茂みにそっと身を潜めた。


 その飛行速度はとてつもなく速い。ただ走ればその物音だけで気づかれてあっという間に距離を詰められるだろう。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!


 真上を巨大なカマキリの影が飛びながら羽音とともに通り抜けていった。微かに見えたその影は、奴が被っている鼻先が尖っている仮面も相まって怪獣の頭に見えた。


 羽音が遠くにフェードアウトしていったのを確認すると伏せていた体を起こす。動くだけで草の音がしてしまう。が、遠くに飛んでいったのならば今すぐには戻っては来ないだろう。


 今のうちに屋敷の外へ。塀があればそこからよじ登って出れば良い。とにかく外へ――――。


 足音を立てないようにそっと歩く。建物の中であればこれまで何人もの命を静かに、対象の呼吸を止め、一瞬で鎌で奪い取ってきたので余裕だ。 

 しかしこのような自然の中では建物以上に敏感になる他ない。


 山の中ならばクマなどの野生動物と誤認させられるが、この私有地で茂みの音がするのは命取りだ。透明になっていてもそこに誰かいると気づかれる。


 先月19日、この屋敷に潜り込んだ時は気づかれなかったが、あれは青山の女王が人狼女や銀髪の小娘に気を取られていたからだ。


 彼女はこの森の中にいる敵の位置を透視できるだけでなく、直接言葉で語りかけたり、植物が命令に従って光線を放って攻撃してくる。

 もはや、この森にある木々全てが常時稼働している監視カメラ、ガンカメラといってもいい。女王がいる限り、無策でこの屋敷に踏み込もうとすれば、その光線に焼かれるだろう。


 草が生えていない通路が見えた。これならば足音を気にしないで直進できる。この道を行けば、出口に出られるのではないか??


 その道に一歩、希望とともに踏み出す――――


「あーら、まさか逃げ切ったって思ってないわよね?」


「!??」


 透明の自分に背後から平然と声をかけてきた女。黒い花飾りに黒髪のおかっぱ、黒いシャツに黒い短いスカートと白いラインが入ったソックス。


 知っている。犯罪組織ダークメアで不死王スカールの側近的存在の女。名前は確かハインだ。黒闇の魔女と呼ばれている。


 この女の能力は知らない。


 しかしなぜだ、なぜ分かった――こちらをつけていたのか? と言いたい自分の口を塞ぐ。


 声をかけてきただけではない。


「余計な仕事を増やしてくれちゃって」


 声とともに凍り付く寒気が右から伝わってくる。それもそのはず、右肩にそっと彼女の白い手が置かれているのだ。


 見えないこちらに気づかれないまま近づき、右肩にそっと手を置くなんてあり得ないだろう。これではまるで……


「能力で姿消そうが、私には丸見えなのよね」


「体から発する異源素ゼレメンタル反応に私は敏感で、今のあなたの姿が私にはそれらで塗り固められたシルエットのように見えるの」


「クソおっ!!!」


 置かれた右手を振り払い、能力を解除して向き合う。


「僕の透明能力を見抜くだと……チャンピオンであるこの僕の!!」


「出た出た、4ヶ月前に一度チャンピオンになったからって威張り続けてるあなたの定番ネタ。もう古いわよ」


 ハインは指差して面白おかしく笑う。非常に虫酸が走る態度だ。ムカつくこの女。


 4ヶ月前、池袋でベルブブ教が台頭していた時、異人ゼノ限定のバトルトーナメントがレーツァンによって開催され、そこであの馬が合わないシーザーを決勝で破ってチャンピオンになった。そして準優勝だったアイツとともに教団を攻める部隊に従軍、円川組とベルブブ教の抗争に参戦した。


 ――それを笑うというのか……!


「バカにするな!!!!」


 その怒号にも涼しげな顔をしている女。


「ナイフや銃、武器がなければ攻撃できないものね、あなたの能力。もし武器が手元にあるならば私の体を惨たらしく引き裂きたい、そんな顔をしてるわよ?」


 そうだ、この透明能力自体に殺傷力はない。武器や銃弾を透明に、自らを透明にすることで相手の視界からそれらを見えなくすることで真価を発揮する。


 だからチカラを利用して相手に気づかれぬまま命を奪うことは勿論、時には警備をくぐり抜けて潜入や偵察などの依頼もこなし稼いできた。特にこの能力で相手の命を狩ることから死神と呼ばれたのだ。


「……クソおっ!!!!」


 もうこのまま逃げてもダメだ。気がつけば彼女とは反対の方向を目指して走り出していた。出口の方向だ、これ以上話していてもムダになるだけだ。屋敷の外まで逃げ切れる可能性が1%でもあるならばそれに賭ける。


「クソって言うの何回目?」

「えっ……」


 逃げた先には右手を腰に当てた彼女が余裕な目線で立っていた。この暗い夜の闇の中からドロンと現れたようだった。


「もう逃げられないわよ」


「クソっ、そこどけよ!!!」


「またクソ。ホントそれしか言えないのね。下品だわ」


 彼女の顔面をぶっ飛ばそうととっさに前に拳を出した。が、それをスルリと避け、とっさに踏み込んだ足に、


「ぐあああああああああああああっ痛い痛い痛いいいいいいいいいい!!!!」


 激痛が走った。その細い足で強く凹むまでに踏まれて右足を抱えながら倒れ込んだ。


 倒れる自分を見下ろす悪魔の目。


「さ、越田組について吐きなさい。何か知ってるでしょ? 嘘じゃないわよね?」


 この女、監獄での会話を聞いてやがったのか……気がつかなかった……


「越田組に顔が利くってのは本当だ……それ振ったらまんまと乗ってきやがった……バカな先輩どもだ」


「話は屋敷で聞くわ。全て話しなさい」


 小悪魔のようにずる賢く、綺麗な女だ……結局、この女がいる時点で脱獄は無理だったということか……





読んで頂きありがとうございました!

死神の樫木麻彩、彼は前作の人狼少女1ではシーザーに続く第二の異人のボスキャラ、前作第一部のラスボスでもありました。

強いのは確かなのですが武器を持っていないとろくな攻撃ができないのが彼の弱点であり、また手の内を殆ど見せないハインだったのが運の尽きでありました……樫木脱獄編はこれで終わりですがこの脱獄が次に繋がっていきます。


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