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第146話

 ビーネットに引き上げられる形で開いた檻の天井奥へと消えた樫木。クレーンゲームのように。


 ここのシステムを理解した樫木による脱獄作戦はまさに完璧の一言で、彼との出会いはまさに幸運の極み。


 が。



「なっ!! ぐわああっ!! ごわっ!! うっっ!! やめろっ!! ぐっ……」



 突如、天井の真上で何度も激しく殴る蹴るの音が、向こうの開けられたままの檻の天井の穴を介して響いてくる。


「ゴス!? ビーネット!?」

 それは天井の真上に消えたビーネットの断末魔だった。自分達も出られる。スコルビオンをはじめ、そう思っていた三人の希望が一瞬にして砕け散った瞬間だった。


 そしてボコボコにされたビーネットは意識を失ったまま樫木がいた檻にゴミのように放り込まれた。


「あの野郎……!! まさか裏切りやがったかコケーッ!?」

「なるほど、通りで都合良いと思いきや、最初からこれが狙いだったのですね……!」


「感心してる場合かレカドール!! 俺っち達も天井に穴開けてここ出るぞ! コケーッ!!」


 コカトリーニョに赤いオーラが湧き上がらんとしていた。


「ちちちちちょっとお待ちを!! あなたがここで暴れれば我々全員が丸焦げになります!! スコルビオン、手を貸しなさい!!」


 レカドールはすかさず制止しスコルビオンも伴って彼を取り押さえた。赤いトサカが炎のように燃え上がるのを見てとっさに。彼の必殺技である炎は強力だ。この狭い部屋を火の海にすれば、それこそ自分達が黒焦げになる他ない。


「コケーーッ!! じゃあどうしようってんだよ!!」


「あなたも焼き鳥になりますよ!?」


「オレ達も最悪死ぬでゴスよコカさん」


 一度燃え上がれば、煙によって逃げ場はどこにもない。ここは監獄だ。常人より身体能力に優れる異人ゼノだからといって過信してはいけない。肺と呼吸を煙にやられれば誰だって死ぬのだから。


 たとえ裏社会の筋者でも避難訓練や防災で煙の恐ろしさは習わなかったのかと。


「チクショウ、これじゃ結局、アイツに良いように利用されただけじゃないか、コケェェェェ

ェェ!!」


 コカトリーニョの無念の叫びが地下に響く――――。



 *



 夕飯が終わって暫くした人狼少女、初月諒花は自然と豪華な洗面所の鏡の前で歯ブラシで歯をブラッシングした後、フカフカな布団の上で大の字で横になっていた。


「眠くなってきたな……」

 花予はまだ風呂から帰ってきていない。それに翡翠と仲が良いので先に寝てしまってもいいかもしれない。眠気がウトウトと目の前の景色をぐにゃりとさせる。


 明日も何があるか分からない。


 さっさと寝て、英気を養うのが良いのかもしれない。ワイルドコブラ幹部4人に勝てても、あのトカゲ野郎と電話していた相談役とカヴラがまだ残っている。それにまだ零は見つかっていない。



 もしかすれば明日にはお台場を捜索中の滝沢家が零もしくはその手がかりを見つけて急行することになるかもしれない。

 それはひょっとしてお台場じゃなくて凄く遠い場所だったりするかもしれない。


 あるいはワイルドコブラが何かしてくるかもしれない。だから……


 睡魔に誘われ、瞼をそっと閉じて横になる人狼少女の意識が飛んでいく――――。




 *


 

 その同じ頃。諒花、花予、実の妹の紫水との夕飯を終えた翡翠は自室の机で夜風を浴びながら休憩をとっていた。そこで机に置いてあったスマホがジリリリと震えた。彼女だった。


「ハインさんどうしました?」

『今、地下の監獄にいるのだけれど、一人脱獄者が出たわ』


「ワイルドコブラ幹部の皆さんですか?」


 脱獄するとしたら飛行能力があるビーネット。監獄の構造上の欠陥として、食料を入れる時に天井が開く形式である以上、彼ならばそこからわずかな隙を突いて出られる。ただ戦いで弱り、脱獄する意志もないと見た石動によって投獄されていた。数日なら大丈夫だろうと。だが。


『彼らは踏み台にされたわ。天井から逃げた』

 となると、考えられるのは一人しかいない。


「分かりました。脱獄者の現在地を特定しますので少しお待ち下さい」


「あとね、翡翠。私、彼らの会話聞いちゃって耳寄りの情報があるわよ」


「それは後で聞きます。逃げたあの男の居場所を特定したら聞かせて下さい」


 地下に入れた連中はワイルドコブラ以外だとあの男しかいない。先月19日にこの滝沢邸での戦いに乗じて青山の王になろうと暗躍していたあの男。死神の樫木麻彩。


 翡翠が指から放った光線一発で黒焦げになり退場した彼はひとまず地下の監獄にずっと入れられていた。

 フォルテシアをはじめ、XIEDシードには岩龍会時代から知る顔見知りもいくらかおり、アテはあった。もしも屋敷を訪れる機会があったならば引き渡そうと思っていたが、その機会は都合よく訪れなかった。


 大事な客人もいるからには、飼い続けるのもリスクがある。もうこの際、ワイルドコブラ幹部共々、今回の抗争の責任をとらせる形でスカールに任せて引き渡せばいいだろう。めんどくさい。


 このままみすみす逃がせば後の禍根になるかもしれない。客人の安全を脅かす存在を許してはいけないと、翡翠はそっと目を閉じて念じる。


 森を操る青山の女王の能力。滝沢邸のほぼ全てを占める木や植物を介して、敷地内全てを透視し、その風景が彼女の脳裏に連続して映し出される。屋敷内に飾ってある観葉植物なども森の中の植物に数えられるため、そこから見える風景も。


 しかし地下は例外だ。光が差さないのでそもそも植物が育たない。このチカラで地下の様子を知ることはできない。なので地上に繋がる抜け道を辿って勘で逃走経路を予測することになる。


 正面の檻を壊したり鍵を開けて出たのではなく、天井の運搬用ベルトコンベアーの通路から逃げ出したということはある程度予測がつき、割り出せる。屋敷の庭園中のあらゆる場所から監獄へ放り込めるようにベルトコンベアーが地下には張り巡らされているが、監獄のある場所から最寄りで外の空気の流れや風の音が聞こえる方角に向けて走るに違いない。


 よって屋敷北の裏手にある、作業員がメンテのためにベルトコンベアー通路に入るための梯子がかかった地下通路が有力だ。


 抜け出した彼はその黒いフードを身に纏ったいかにも死神な見た目に反して意外にも素早い。


 その地下通路入口の丸いハッチがある所に視点を合わせる。梯子を上って抜け出してくる頃だろう。


 だが、そのハッチ前に佇み、夜間の仕事の息抜きに外の空気を吸う、よく知る一人の男の影があった――


 そう、親衛隊の一角のマンティス勝だ。



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