お父さんになりました?
こうして涙からお父さんと呼ばれるようになった翌日。
涙の魔力は今までの下手くそな魔力制御は何だったのかと聞きたくなるようなくらい安定して魔力をガンガン廻している。
そのあまりの変わりっぷりにタマは俺に聞いてくる。
「ちょっと、なにしたのよ。昨日とまるで別人じゃない」
「いや~……本当に何でこうなった??」
「毎晩涙の魔力を廻してたのはリルに聞いてたけど」
「……昨日の夜についてリルは何か言ってました?」
「特にこれと言った報告はなかったけど……まさか!房中術したわけじゃないでしょうね!!」
「そんなことできる訳ないでしょ!!」
「それじゃ何であんな急に上手くなるのよ!!」
「知りませんよ!!」
でもまぁある程度は予想する事が出来る。
おそらく昨日のお父さん呼びで精神的に安定したのだろう。
いや、本当に何でお父さんが出来ただけでこんなに安定するの?そこまでお父さん欲しかった??
後一応言っておくと魔力は精神とある程度結びついている。
怒ったり興奮したりすると一時的に魔力が上昇したり、悲しかったり体調不良を起こすと魔力の巡りが悪くなる。
だから俺がお父さんになった事である程度精神的に落ち着いた事で魔力にも影響を与えたんだろうが……これは効果ありすぎだろ。
もしかしてあれか?プラシーボ効果って奴か??
いや、思い込みだけでここまで精神的に安定する物か?いくら精神と関係があるとはいえ、いきなりこのレベルでうまくなるとは思えないって。
「ふぅ。どうでしたか?って何してるんです?」
いつの間にか起きていた俺とタマの頬の引っ張り合いを見た涙が何してるの?っとこちらを見る。
なんとなくお互いに頬から手を放し、軽く咳払いをしてこの微妙な雰囲気をごまかそうとしているとリルが涙に軽く吠えた。
「……タマさん。別に私は柊さんに変な事をされたわけではありません。いたって健全な関係です」
リルの意思はちゃんと伝わったらしく否定してくれた。
健全か?後輩がお父さんになるの?
「それならいいけど……毎晩魔力の調整をしてもらっているみたいだから、その時に何か変な事されたんじゃないか少し心配だったのよ」
「彼はそんな事をするような人ではありません。それにそんな事をしようものならリルさんが噛みつきますよ」
「そうですよ。俺人前で女性を口説くほどチャラ男じゃないです」
ナンパもした事ないけど。
タマが疑ってくるので涙を援護する形で否定する。
流石に娘になった~なんて聞いたらもっとヤバいプレイでもしているのではないかと疑われそうな気がするが。
「……分かったわよ。リルがちゃんと見張ってるのは知ってるし、その子達の前でもあるしね」
そう言ってタマは子狐たちを見る。
まだ子狐たちは複雑な事を話すだけ人間の言葉を理解できていないが、それでもこういう事があったと意思を飛ばすことは出来るだろう。
そもそも涙を口説き落とす気なんて全くないしな。
「それじゃそろそろ次のステップに進むわよ。今までの基礎訓練に加えて戦闘訓練もやっていくわ。とりあえず2人とも私が指定した魔力量を維持しながら戦ってみて」
「魔力量の維持って事は放出系の魔法やオーラ攻撃はなしって事ですか?」
「ええ。殴ったり殴られたりしても冷静にオーラを保つことが目的だから。涙にとっていい訓練になるでしょ。君向けの訓練はその後ね」
「分かりました」
「それじゃ2人とも私が良いって言うまで魔力量を上げて」
言われるがままに魔力を上昇させる。
「はいそこまで。その状態で組手して」
「分かりました」
「了解です」
と言う訳で俺と涙は対峙し涙の方から攻撃してくる。
「あ」
「はいダメー」
「え?」
攻撃どころか動いただけでストップがかかった。
涙はすぐに止まって不思議そうな顔でタマを見る。
「あの――」
「今ダッシュするときに魔力上げたからダメ。もう一回」
「え、ええ~」
まぁ普通戦うときに魔力を上げるのは当然だし、多分意識していなかったんだろう。
再び構える俺と涙だが、涙の動きが明らかにぎこちない。
魔力を一定に抑える事ばかり考えているせいで走れているが、ガッチガチの動きでもはやロボットダンス。
だから俺は少し横に反れて足を引っかけた。
「あ!」
涙は足を引っかけられて普通に倒れた。
「………………ぐす」
あ、ちょっとマジで涙目だ。
「会長大丈夫ですか!?」
「…………無理」
「え?」
「無理無理無理!!魔力を一定にして戦うなんて無理!!そんなの走る速度で歩けみたいな無茶ぶりだもん!!熟練の人じゃないと無理だって!!お父さんだって無理でしょ!?」
「え?俺普通にできるけど……」
「………………」
「………………」
涙の行動に驚いてつい素で言ってしまうと少しの間世界が止まったような空気が広がった。
そして涙は目元に涙を浮かべると泣き出した。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「え、泣くところ!?ここ泣くところなの!!」
「お父さんのバケモン!技術チート!!技術バグ転生者!!」
じたばたと暴れ出し、まるでおもちゃを買ってもらえなかった子供のようだ。
流石にこうなるとは全く思っていなかったため、どうしたもんかと思っているとリルが涙を慰める。
ぺろぺろと顔を舐めて涙をぬぐうと涙はリルに抱き着く。
リルは仕方ないと言う様子でされるがままになっていた。
「やっぱりいきなりは無理か。それじゃ私と彼で手本を見せるからちゃんと見てなさい」
という事で手本として俺とタマの組手が始まった。
と言っても本当に見本として見せるのでどちらかと言うと武術の型に近いかもしれない。
お互いに向き合い、全く同じ量の魔力に調整してから軽く戦い始めた。
タマは軽く顔を狙ってパンチ。
それを左手で弾きながら腹に膝蹴りを浴びせようとしたが、尻尾が膝と腹の間に入ってガード。
蹴られた衝撃でふわりと浮かびながらも九つの尾が俺を貫こうと襲う。
流石に九つ全てを何の小手技もないしに避けきるのは難しいので幻術を使い俺の位置をずらす。幻術によって惑わされた尻尾は微妙にずれた位置に攻撃するのでその小さな隙間に体を収めて回避。
だがすぐ尻尾が俺を巻き付けて頭から地面に叩き付けようとするが両手を上げて地面と衝突するのを守る。
ブレイクダンスのように身体を回転させて尻尾を振り払い指先に集めた魔力弾で攻撃。
それも全て尻尾で叩き落とされ全くダメージを与える事ができない。
どうしよっかな~っと考えているとどっから取り出したのか分からない鉄扇を振り下ろす。
今度は接近戦か~。
鉄扇を避けるが風圧結構あるな。空振りしたところがスゲー風切り音聞こえてくるんだけど。
素早い鉄扇を避けて上から下に大きく振り下ろした瞬間を狙い背後に回った。
すると即座に九つの尾が一斉に襲い掛かってくる。
やっべ忘れてた。
そう思っている間にグルグル巻きにされてまったく動けなくなってしまった。
一本の尻尾が俺の足を捕らえ、二本目が俺の手を後ろに回して拘束、残りの尻尾は俺をグルグル巻きにしている。
「助けて~」
「本当に適当にやってるから簡単に捕まるの。今回は手本として戦ってたから適当だったんでしょうけど、もう少し本気を出しても良かったんじゃない?」
「そうかもしれませんけど長引かせる理由もないでしょ?」
「それもそうね」
そう言ってタマは拘束を解いてくれた。
そっと下ろされ、もう少しもふもふな尻尾に包まれたかったな~っとちょっと残念。
リルに抱きつく涙はぽか~んっとした間抜けな表情で見ていた。
「この訓練の目的は魔力を一定に保つ事でコスパを改善する目的があるの。確かにあなたならコスパの改善なんてしなくても無限に魔力を使えるから問題ないと言えばそれまでだけど、こういう技術も必須よ。相手を攻撃する瞬間だけ力を込める戦い方や、それ以外は力を抑える事で相手を油断させる事も出来るし、応用はいくらでも効く。だから真面目にやって戦闘中でも力を一定に保てること。これを涙への課題とします」
そう宣言すると涙は――大泣きした。
「無理ー!!ぜ~ったい無理~!!魔力抑えながらあんな動き出来ない!!タマさんとお父さんが化物すぎるぅぅ!!」
リルに抱き着きながら地面を転げまわる姿は本当に子供だ。
どっかで幼児退行するようなストレス与えてたっけ?
そう考えてしまっているとタマは言う。
「ところでさっきからお父さんって何?君の事なのは分かるんだけど……どんな状況?」
「俺も完全には理解できていないので改めて会長から聞いてください」
ぶっちゃけ好きに言わせている面があるので涙に聞いた方がいいだろう。
そう思いながら涙のゴロゴロに付き合わされるリルの死んだ魚のような眼を見て引きはがそうと思う。




