裏京都へ
夏休み初日、俺とリルは一緒にこの辺で一番大きな駅の前で待っていた。
夏合宿はこのJRと繋がっている駅で集合し、そこから京都に向かう予定になっているからだ。
集合場所で大きめの旅行カバンに1週間分の下着や服、歯ブラシなどの一式。そして不本意だが夏の宿題が入ったカバンを膝の上に乗せて、ベンチに座って待っている。
足元にはリルが夏の暑さで舌を出している。
熱中症になってはいけないので細かくスポーツドリンクを飲ませながら待っていると会長がキャリーケースを引っ張りながら姿を現した。
「会長。こんにちわ」
「柊さんこんにちわ。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。それから今更なんですが、大丈夫なんですか?」
「何がです?」
「修行のためとはいえ男と一緒って所ですよ。タマ先生や大神先生がいるとは言え、やっぱり若い男がいるのは不安なんじゃないのかな~っと、今更ですが思いまして」
「大丈夫ですよ。もし本当に信用がない時は参加させてくれないでしょうから。それにタマさんや大神さんがいるから大丈夫だと信用しているのでしょう」
「ですよね。まぁ会長にも理事長にも世話になっているので手を出すつもりはありませんが」
そうはっきり言うと何故か会長は苦笑いを浮かべた。
手を出さないと言っているのだから安心するところじゃないのか?
なんて思っているとリルはやれやれという雰囲気で俺の足を軽く踏む。
『一体何がダメなんだよ?』
『涙ちゃんだって女の子なんだから、興味ないなんて言われたら気にするよ』
『下心の下心のある目線で見られるよりはよくない?』
『それはそうだけど……』
「みんな時間通りでいいのに真面目ね~」
なんて話しているとどこのタレントだよ、と言いたくなりたくなるような白くてデカい帽子とサングラスをしたタマが現れた。
あっけに取られているとサングラスで隠れていても分かる困惑した表情を向ける。
「どうかした?と言うか何で君はそんなスポーツでもしに行くような恰好なの?」
「え、だって修行しに行くんですよね?シャレた格好しなくてもいいような……」
俺の服装は汗を吸いやすく、選択しやすいスポーツ用の服一式。
カバンの中に入っているのも同じような物だけだ。
「抜けてるというか周囲の目を気にしてないというか、もうちょっとおしゃれしたら?」
「え~。修行が目的で観光しに行くわけじゃないんですから、シャレなんてしなくていいじゃないですか」
「……涙ちゃんどう思う」
「えっと……機能的ですね」
会長は何かを気にしながらそう言った。
そんなに変な格好だろうか?
別に穴が開いていたり、ほつれている訳でもない。使っているから色あせは少しはあるかもしれないが、そんな目立つほどではないはず……
「リル。どっかに穴空いてたりほつれてたりするか?」
『そうじゃないよ……』
リルも呆れながらそう言った。
一体何がいけないのかよく分からない。
「本当に分からないみたいね。それじゃ新幹線に行きましょうか。はいこれチケット」
「あれ?大神先生は?」
「遥は仕事の関係もあってもう京都に向かってるわ。私達も向かいましょう」
そんな感じで俺達は新幹線で京都に向かうのだった。
――
新幹線で京都駅に着き、下りた後思いっきり背伸びをした。
「やっと着いた~」
「ほら、すぐに移動するわよ」
タマの言葉を聞いて俺達はバスに乗る。
バスから少し奇妙な気配がしたので気になりながらタマに聞く。
「このバスなんです?」
「裏京都行のバスよ。それからこれ持って、人間用の通行許可書のような物だから。これを持っていれば妖怪も襲ってこないはずだから」
そう言いながら木札をもらう。
木札には卒塔婆で使われている文字が書かれており、『通行許可書』と書かれている。
でもこれを持っているからと言って妖怪が襲ってこない保証はないはずだ。
「あの、これ特に防御系の力を感じないんですけど?何で妖怪たちが襲ってこないんですか?」
「その許可書を発行するのに神仏の許可も必要になるのよ。神道と仏教、どちらのお偉いさんにも許可をもらってるから神仏公認。そんな人間を襲って殺したらどんな報復が来る変わらないじゃない」
「あ、そういう感じで襲われないって事なんですね」
「そういう事。神仏が目を付けた人間をそこら辺の雑魚妖怪が横取りしようものならどんな事をされるのか分かったもんじゃないから」
「そう言うのも今じゃあるんですね……」
前世の頃はこんな交通許可書は存在しなかった。
だから裏京都に行くのであればどこかの妖怪の伝手を頼るか、襲われること承知の上で勝手に入るしかなかった。
元々裏京都を含む偉業たちが住む世界に行った場合自己責任である事が非常に多い。
なんせ人間は雑魚種族、質の悪い外国に行くような物だ。
外国で何かあったとしても責任も保証もありませんよっと言う所の方が圧倒的に多かった。
それがかなり減ってきているのであれば、それは非常にいい事だろう。
「何か不思議な言い方ですね。まるで通行許可書がない時代を知っているような……」
「え?いやそんなまさか。ただこう言うのがあるんだな~って言うだけですよ」
会長は俺が転生者である事を知らないはずだ。だから誤魔化す。
理事長やお偉いさん達は俺が転生者である事もう悟っていたし、俺ももうゲロったので知っている人の方が多いだろう。
理事長は会長に俺が転生者である事を伝えていないのか?
表向き転生は犯罪なので当然と言えば当然か。
そんな話をしている間に俺達だけを乗せたバスは発車する。
特に何か変なところはなく、変な雰囲気がするだけのバスと言うだけで気のせいと言えばそれまでと言っていいのかもしれない。
「改めて言っておくけど、今回宿泊するのは裏伏見稲荷大社。私の本拠地で修行するから色々徹底管理させてもらうから」
「もうちょっと具体的に教えてもらってもいいですか?」
「食事や睡眠時間も管理させてもらうから」
「え~」
「え~じゃない。君の場合リハビリと修行を同時進行させないといけないから時間に厳しくしないといけないの。ちなみにこれが予定表」
そう言って手渡された紙に目を通すと、そこには起床時間から食事時間、夏休みの宿題をする時間などびっしりと書き込まれていた。
「ちょっと待ってください!起床5時って早すぎません!?」
「それくらいの時間に起きないと間に合わないのよ。それに早朝は座禅とか魔力操作とか動き回る系じゃないから大丈夫でしょ。朝食後も軽いストレッチとか基礎体力と基礎戦闘能力の向上をメインにした物ばかりなんだから大丈夫でしょ」
「それでも量と言うか時間と言うか、こんなぎっちぎちの予定表で大丈夫なんですか?あと疲れた後に宿題とか絶対やる気でない……」
「学生なんだから頑張りなさい。分からないところは私が教えてあげるから」
「……教えられるんですか?」
「何よ。一応教員免許は持ってるのよ。保健室の先生も免許制なんだから」
本当に大丈夫なのか不安だ。
タマは才能はあるが、そのため感覚で覚えていたように感じる。
それが人に教える…………本当にできるのか?
「大神先生に教えてもらお」
「ちょっと私じゃ信用ならないって言うの!?」
大袈裟に言うが実際不安の方が大きい。
そんな騒がしい状態でもひとつ前の席に座る会長は非常に静かだ。
相当あの時に負けたのが後を引きずっているらしい。
これ俺よりも会長の事気にした方がいいんじゃないか?
そう思っている間にバスはトンネルに入る。
その時に背中の方から誰かにじっと見られるような感じがした。
ぞわっとした嫌な感覚。しつこく、ねっとりとした視線を感じた後に何か薄い膜を突き抜けた感覚がしたかと思うと同時にトンネルから出る。
そこはさっきまで見ていた京都の風景ではなく、歴史の教科書で見た古い京都の街並み。
近代的なビルは一切なく、その代わりに木造平屋の建物が多く建ち並び、人間とは違う気配を多く感じる。
「ようこそ、裏京都へ」




