B級ゾンビパニック?
あの薬が一体どうやって作られているのか、夏休み前最後の一週間も考えている時リルが俺の影から出てきた。
窓の外に低い唸り声をあげ、何かに警戒している。
少し外に向かって意識してみると、想像以上に面倒臭そうなことになっていた。
授業中にもかかわらず歩いて窓の外を見てみると、何とも言えない光景が広がっていた。
「これマジか……」
「ちょっと、どうしたのよ?」
「見てみろよあれ。人海戦術ってこういう事を言うんだな」
カエラが俺を席に戻そうとしたのか、近寄ってきたので窓の外を見るよう促した。
「うわ、何この光景。キモ」
窓の外には幽霊、いやゾンビの様におぼつかない足取りで学校に向かってくるさまざまな人達だった。
明らかに正気を失った焦点の合わない瞳なのに、一歩ずつゆっくりと学校に近付いてきている。
それはまるで陳腐なゾンビ映画のワンシーンのようだ。
「これ授業受けてる場合か?先生あれどうすんの?」
黒板の近くにいた大神遥に向かって聞くとなんて事のないように言う。
「問題ありません。授業を続けたいので席に戻ってください」
「問題ないって、本当に?」
「本当です。あれを見れば分かります」
そういうので外を見続けていると、半透明な結界が一瞬で張られた。
こんな防衛装置があるとは知らなかったので、素直に感心して「へ~」っと声を上げる。
「こんなのあったんだ」
「なんだかんだでこの学校もかなり狙われますから。そう簡単に壊れる結界ではないのであとは外部の警察が取り押さえてくれるのを待ちましょう。すでに連絡は届いているはずです」
「でも先生。そう簡単に壊れる結界ではないって言ってますけど、あれ本当に想定内ですか?」
「それは人数の話ですか?」
「いえ、あの人達最近噂の薬で呪いにわざとかかった人達ですよ」
対した呪いの量ではないとはいえ、常人が一気にトップアスリート並みの身体能力は有しているのだから非常に厄介だ。
それに結界もただ守るだけで相手を攻撃するような仕組みになっていない。壊そうとしてくる相手に対して攻撃するような術式は組んでいなさそうだ。
実際呪われた人達は結界を叩いて壊そうとしているが、ダメージを受けている様子はない。
いや、一応ダメージはあるな。
よく見ると呪われた人達は結界を限界以上の力で殴っているせいか、すぐに拳や掌が真っ赤になり、中には紫色にはれ上がっても攻撃するのを止めない。
本当にゾンビ映画のように見えるが相手は生きている人間。呪いの影響なのか脳内のリミッターが外れて普段抑えられている力まで解放されてしまっているようだ。
「先生。あのまんまだと呪われている人達みんな死にますよ?」
「…………だとしても結界を解くわけにはいきません。彼らには申し訳ありませんが――」
「あ」
カエラが声をこぼしたので何だろうと再び外を見てみると、結界が消えていた。
消えた事によって呪われた人達は学校を囲う壁をよじ登って次々と侵入してくる。
「マジでB級映画みたいな展開になって来たな……」
「みなさんは教室に残っていてください。先生達で拘束しますのでそれまで自習していてください」
そう言いながら教室を出て行った大神遥。
クラスのみんなも窓の外に集合し、先生達が呪われた人達を拘束していくが……数が多すぎる。
どうやら狂っているのは呪いのせいらしく、解呪の魔法を使っている先生もいるがまったく効果がないので拘束魔法に即切り替えて戦っている。
拘束された彼らは他の空間か、どこかに転移させているようで校庭に転がっているという状況にはなっていない。
だがそれでも圧倒的な数で押しつぶそうとしているのはよく分かる。
と言うかそれ以外攻撃手段がないのだろう。
それから何でこのような攻撃をしてきたのか、どうしてこのタイミングだったのか、よく分からないがおそらく組織的な動きだ。
あれだけの人数を呪うだけでも1人では絶対に出来ない。本当に手あたり次第だったのか、大人子供、性別問わず1000人以上集めたのはかなり大きな組織となると……やっぱりNCDの仕業か?
だとしたら一体何のために……
「うご――」
誰かが俺の後ろに立った時、即座にリルが動いた。
目に見えないほどの高速で動き、彼の手足を食い千切った。手足は血をまき散らしながら教室に転がっており、気が付いたクラスメイトが悲鳴を上げる。
俺は特に気にすることなく、手足を食い千切られた彼に向かって言う。
「何でこのタイミングで攻めてきたんだよ。乾」
予想通り何かを企んでいた乾は自分の両手両足を失った事に後から気が付き、のたうち回る。
「痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!」
だるまのような姿で転がり周り教室中を血に染める気か?っと思ってしまう。
本当にこんな手儂を口ぎられたくらいでピーピー泣いている奴が本当に何でこんな事をしでかしたのやら。
「うるせぇ」
転がる乾を蹴って無理矢理叫び声を止めると、咳き込みながら乾は俺を見上げる。
「せっかくの夏休み前だって言うのになんて事してくれやがる。夏休みが短くなってくれたどう責任取ってくれるつもりだ」
「責めるとこそこ!?」
カエラが突っ込むが学生にとって長期休暇は非常に大切だ。
責められて当然だろう。
「で、あれどうやったら止まるの」
「……知らない」
「じゃあ何で呪われた人達はこの学校に向かって来てるんだ」
「……知らない」
「……単独犯か?それとも複数犯か?」
「……知らない」
この反応は当然かもしれないが、こうして目の前にすると気に入らないな。
そんな雰囲気がリルに伝わったからかリルが攻撃しようとしたが止めた。
もっと効率的に、もっと分かりやすい脅しがある。
「質問に答えないのなら、このまま出血多量で死ぬと思うぞ」
教室で少しずつ大きくなる血の池に他の生徒達はドン引きして血に触れないよう下がる。
死ぬという単語に肩を震わせたが口を割るつもりはないらしい。
「話すくらいなら死んでやる」
見栄を張っているのはまるわかりだが、このまま何の情報も引き出せないまま死なせるのは面白くない。
仕方ないと思いながら俺は魔法を使う。
「我が手に熱を。フレイムハンド」
フレイムハンド。
掌に炎を纏わせるだけの魔法。
その状態で乾の血が流れる傷口を焼いた。
「があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「暴れるな。止血できないだろ」
本当は布で押さえるとか、傷口に近い所を縛るとか、あまり痛みのない方法はあったが痛みを与える事で口が割れやすくなったらいいな~っと思って実行した。
右腕、左腕、右足、左脚を焼いて止血すると既に乾は痛みから涙をあふれさせ、横に転がって自分の血の池に沈む。
「痛い……痛い……」
「これ以上痛い思いをしたくなかったら素直に吐け。そうすりゃこれ以上痛い事しないから。な」
そう優しく言ったが、乾は怯えるだけで何も答えようとしない。
これ以上虐めるのはダメか?
虐めすぎて精神を壊したらそれこそ情報収集に支障が出るし、やり過ぎてはいけない。
かといってこのまま何もしないのもな……
あ、そうだ。いい魔法があった。
1つの魔法を思い出した俺は乾の頭に手を置き、魔法を使用した。
「ああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あまりにも大きな悲鳴にクラスのみんなも、俺もリルも驚いてしまった。
「な、なにしたんですか?」
桃華が恐る恐る聞くので正直に答える。
「い、今幻術をかけたんだ。”フラッシュバック”って魔法なんだけど、さっきリルに手足を食い千切られた光景を見せたら悲鳴――」
「当たり前じゃないですか!!さりげなくとてつもない拷問してるじゃないですか!!」
「で、でも肉体的にはノーダメだぞ?あくまでも精神攻撃だけだし、大丈夫――」
「な訳ありませんよ!!こんな過呼吸を起こして、顔を真っ青にして、目を見開いて怖がっているのにどこが大丈夫だって言うんですか!!」
「分かった分かった。もうしないから、許せよ、な?」
桃華の事をなだめながらもどうやって情報を引き出そうか考えていると、校舎が揺れた。
まだ呪われた人達は校舎には到達していないはずなので普通に考えればあり得ない。
だが乾の他に裏切り者が居るのであれば話は別だ。
「マジで夏休み前に何してくれてんだよ」
俺は呆れながら本当にこの後どうするのか悩む事となった。




