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転生者の贖罪  作者: 七篠
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懐かしい場所

「…………はぁ」


 ドクターストップを言い渡され大人しくしているが本当に暇な日常を繰り返している。

 朝のランニングや体幹トレーニングですら禁止されて流石に体がなまり切っているとしか思えない。

 しかも体育の授業もドクターストップを理由に常に見学。なんのたまに体育の授業に参加しているのかさっぱり分からない。


「随分大きなため息ね。楽でいいじゃない」


 そう言うのはカエラ。基本動くのが嫌いだからかそんな事を言う。


「そうですよ。最近ずっとピリピリしてたんですから、休むのも大切ですよ」


 そう言うのは桃華。

 2人が言うほどずっと気を張った状態だっただろうか?


「休むにしたっていきなりこう、ドーンと休みだって強制的にされても何すればいいのか分かんないって」

「いや、休みなんだから好きに過ごせばいいじゃん。ゲームするとか買い食いするとか」

「運動がダメなら軽いお散歩なんてどうですか?それくらいならさすがに大丈夫ですよね?」

「どうなんだリル?」


 一応確認しようとすると、俺の影から頭を出してお散歩行こ!!っとハイテンションになっている。

 これならいいのかな~っと思ったので放課後、気分転換にリルを連れて散歩に行く事にした。


「さて、どこに行こうか?」


 校門を出て聞くとリルはいきなり巨大化した。

 大きさは大体10メートルくらい。俺を咥えたかと思うと背に乗せた。


「リル?何する――」


 何する気だと聞こうとする前にリルは超高速で走り出した。

 道路交通法を完全に無視した体感時速はざっと70キロくらい。

 リルの体毛にしがみついて風を感じる。周りの景色はかなりの速さで流れ、ほとんどなにが通り過ぎたのか分からない。

 もう既に流れる景色が変わり、自然が多くなってきた気がすると何かに飛び込んだ。


 口元に着いた液体を舐めるとしょっぱい。

 もしかして海か?


 流石に泳いでいる時は地上を走っている時ほどの速度は出ないからか、今だけはゆっくりと周りを確認する事が出来る。

 おそらく後ろの方にある陸地がさっきまで俺達がいた場所、で反対側に見えるのが別の陸地……

 さすがに陸と陸が近いので海外ではないだろうがどこかの島にでも向かっているのだろうか?


「リル。いったいどこに向かってるんだ?」


 そう聞くと静かな所っとだけ返ってきた。

 10分くらい泳いで陸に上がると、リルは俺を乗せたまま体を思いっきり振って水気を飛ばす。

 そしてまた高速で走り出し、ゆっくりと止まったのはどこかの湖だった。


「ここは……」


 前世の頃にも来た事がある。

 確か大神家の私有地の一つで、特別保護区に指定されている場所だ。

 この森には絶滅が危惧されている犬系の動物達を集め、まとめて保護している場所。

 本来であればこうして森の中に入ってはいけないのだが、リルは良く無視して好きだからと言ってよくここに忍び込んでいた。


 リルは俺を下すと湖に飛び込んで水遊びをする。おそらくさっき海水に入ったので体を洗いたくなったのだろう。

 そんな姿をぼ~っと眺めていると、子犬が恐る恐る俺の事を眺めていた。

 睨むほどではないが、見ず知らずの人間が急に現れて驚いているのだろう。

 そしてこれは予想だが、親犬から人間は恐ろしい存在として教育されていてもおかしくない。

 ここを管理している狗神家の人達もここでは犬の姿になって出ないと入る事が許されないと聞いた事があるので、人間を見る事そのものが初めてなのかもしれない。


 振り返りはしたが怯えさせるわけにもいかないのでその場で寝転がった。

 まだ視線は感じるが何かをするつもりはないと分かってくれれば勝手にどこかに行くだろう。


 そう思いながらこの何もない所でどうしようかと考えていると、リルが湖から上がってきた。

 また体を振るわせて水気を飛ばし俺の元に歩いて来る。


「こら、俺の服で拭くな」


 何か拭く物はないかとカバンを探ってみると、ランニングの後で使おうと思っていたタオルがカバンの中に入っていた。

 と言ってもランニングですら禁止されているので未使用。ちょうどいいと思いタオルでリルを拭く。

 頭や体を拭かれると嬉しそうにするリル。

 本当にこの子は昔と変わらないなっと思っていると急に甘えてくる。


「どうした?くすぐったいって」


 そう言っても俺に体をこすりつける事はやめず、強くこすりつける。

 何がしたいんだろう?と思っているとどことなく甘い匂いがする気がした。

 匂いの発生源を探すとすぐに見つかった。


 リルの尻尾の付け根から甘い匂いが漂っていた。

 これは……フェロモンか?

 匂い物質のフェロモン。アリやハチだとこの匂い物質を使って仲間とコミュニケーションを取ったり、危険を周囲に知らせるために使用したりすると言う。


 では今リルが放っているフェロモンは一体何なのか、これ性フェロモンじゃね?

 性フェロモンと言うのは簡単に言うと異性を引き付けるためのフェロモン。俺にフェロモンをこすりつけて何かを必死にアピールしている。

 と言うかぶっちゃけて言うけど、リル発情してない?

 いつもよりもほんの少し体温が高く、顔や体をこすりつけて甘える様子から俺と交尾したがっているのではないだろうか。


 実際リルのフェロモンの影響か、島の犬達が少しずつ集まってきている。

 リルは俺に甘えた声を出しながら俺と一線を超える事を望んでいる。

 昔の俺なら喜んで飛びついていたかもしれないが、今の俺にそんな資格はない。

 俺はリルの事を抱きしめ、頭を撫でたりお腹を撫でたり、尻尾の付け根を撫でまわす。


 リルは撫でられて嬉しそうに、気持ちよさそうに撫でられる。

 俺にもその気があると思ったのか尻尾を振っていつでもいいよと感情を飛ばす。

 でも俺は抱きしめてからリルに言う。


「リル。俺の事をそこまで好きだと言ってくれるのは本当に嬉しい。でも俺には他にやりたい事がある。それが終わるまで2年ちょっと時間があるけど、待っててくれないか?」


 何で?すぐにしようよ。


「だーめ。一度知ったら何度も求めるようになるのは流石に自分でも分かる。今そんな状態になる訳にはいかないんだよ」


 何度も求めていいんだよ。私だってしたいんだから。


「と言うかそれ以前に金がねぇんだよ。俺ただの学生だぞ。子供が出来るのは嬉しいけど、育てる余裕がないのにそういうことをするのは無責任すぎる。だからもうちょっとだけ待ってくれ」


 お金なら私いっぱい持ってるよ。


「そんな情けない状態になりたくない。これでもやっぱり男として、雄の意地があるんだよ」


 それってどんな意地?


「あくまでも俺の考えだが、やっぱり男の役割って結婚した相手を安心して子育てできる環境を整えるのが仕事だと思うんだよ。不自由なく子育てに集中できる環境づくり、それが雄の役目。野生動物の世界だったら獲物を仕留めて持ってくるとかになるんだろうけど、人間の場合はやっぱりそう言うときに必要になるのが金じゃん。だからちゃんと金を稼いで、結婚相手と生まれてくる子供が腹を空かせたり生きにくいって思わせるような物じゃダメなんだと思うんだよ。だから今はできない」


 俺の考えを素直に伝える。

 この考えが時代遅れと思うか、それとも本当にしょうもない意地だと思うか、それはリルの考え方によるだろう。

 リルは俺の考えを聞き、納得してくれた。


 そういう事なら仕方ない。もう少しだけ待っててあげる。


「悪いな。根性なしで」


 ちゃんと考えがあって断るんなら仕方ないよ。私も強引だったし。


「ちゃんと全部終わったら今度こそ、ちゃんと向き合うから。もう少しだけ待ってくれ」


 仕方ないな~。


 そう言うとリルは再び大きくなり、俺を背に乗せた。

 家に帰る途中も避妊具を付ければいいじゃん何て言われたが、やはり俺の考えは変わらない。

 それにやっぱり俺にとって前世の頃リルを傷付けた罪悪感が大きい。だから本当の意味で過去の罪を清算する事が出来たらいいなと、俺は思う。

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