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転生者の贖罪  作者: 七篠
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トラウマとオーバーワーク

 翌日。学校の地下にある秘密基地で俺はサンドバック相手に殴ったり蹴ったりを繰り返していた。

 具体的なタイムリミットを知ってしまったため、2年後のクリスマスまでにあいつを殺せるくらい強くならなければならない。

 これは殺し損ねた俺の義務であり、本当にやりたい事だ。

 相手の急所を狙いながらただ殴るだけではなく、指先で貫く攻撃、足の甲や踵落としもオーラを纏わずに練習を繰り返していた。


 汗を流し、突き指や打撲になって痛みが出てきても無視して繰り返す。

 ただあいつを殺すためだけに俺の体を傷付ける。

 それを繰り返している間にサンドバックがあの気に入らないクソ神に見えてきて余計に力が入る。

 自身の体を鍛えながら壊し、再生させる事で骨と筋肉を更に強化させるため繰り返す。


「そこまでです」


 更にサンドバックに攻撃しようとした時、誰かに肩を掴まれた。

 一体誰が邪魔をしたのかと睨み付けると、そこには会長がいた。


「会長……」

「明らかにオーバーワークです。こんな体が壊れて当然の訓練とも言えない事を繰り返すようでしたら、医療用ポットの使用許可が下りるかどうか分かりません。おそらく壊れた体をポットで治す事までが訓練のつもりなんでしょうが、ただ痛めつけて歪になった手では倒せる相手も倒せなくなりますよ」

「…………」


 不服だったが仕方なく俺は手を下した。

 近くのプラスチック製のペンチにドカッと座るとリルがタオルを咥えて持ってきてくれた。

 その目は心配しており、タオルを受け取って首にかけた後労わるように俺の手を舐める。


「……汗とか色々汚いからやめな」


 手を舐めるリルから遠ざけるがそれでもリルは傷ついた俺の体を舐めて治そうとする。

 そんなに心配させるほどの練習だっただろうか。

 疑問に思いながらもリルの頭を撫でて無理矢理舐めるのを止めさせる。


「その手。自分で見て何とも思わないんですか?」

「手って……精々少し腫れてるくらいだろ」

「その腫れ方は明らかに普通じゃありません。かなりの内出血が起きています。もう手が紫色のグローブみたいになっているじゃないですか……」

「これくらいなら問題ない」

「問題なくありません!!」


 初めて聞いた会長の怒鳴り声に俺は驚いた。

 リルも驚いて尻尾の毛が大きく膨らんでいたし、俺も震えた。


「いいですか!これは訓練でも練習でもありません!!ただ自分を痛めつけているだけです!!昔はそうやって壊して治してを繰り返していたと聞きますが、何の科学的根拠もないただの気のせいです!!もし本当にそんな事で骨や筋肉が強くなると言うのであればみんなやっています!!筋トレとか言うレベルを超えた負担はただの故障でしかないんですよ!!この手で本当に強い拳が作れると言うんですか!!」


 肩で息をしながら言う会長だが、なぜそこまで気にするのか分からない。

 はっきり言って俺と会長の関係はただの同じ学校の先輩後輩程度の関係。特別な事と言えば同じ裏組織の訓練生くらいか。

 それなのに何故俺の事を心配するのか分からない。


「どうして心配するのか分からないっと言う表情ですね」

「……ええ、まぁ、はい」

「あなたは人の心を知ろうとしたことはありますか」

「…………」

「あなたがどれだけ人に迷惑をかけている自覚はありますか」

「それは……あります」

「なら何で心配してくれる人がいると思わないんですか?怪我をしてほしくない人がいると思わないんですか?」

「…………」


 正直に言えば、そう言った存在の事は考えないようにしてきた。

 何せトラウマだ。俺しか覚えていないが俺が死ぬときに周りの連中がみんなして消えるなと言ってくれたあの顔。

 絶望と後悔が混じったような表情をしており、もう二度とあんな顔は見たくないと思った。

 だがそれで見ないために顔を背けているとか、愚かしいにもほどがある。


 でも今回ばかりは背けてみて見ぬふりをするしかない。

 何せ相手はあの聖書の神。能力がチート過ぎて普通の連中では傷付ける事すらできない。

 今でも攻撃が当たるのが俺しかいないと最悪の事態を仮定して動かないといけない。


 これは義務だ。

 きちんと殺せなかった俺の義務。

 今度こそあいつを殺し、あいつがいない世界に戻す。

 そのためにだったら何度だって同じ過ちを繰り返してでも強くならなければならない。


「…………何で何も言ってくれないんですか」


 その非常に悲しそうな顔は、前世の頃のあいつが悲しんでいた頃の顔にそっくりだ。

 この顔を見ないように努力してきたつもりだが、やはり俺はどうする事も出来ない事がはっきりわかる。


 俺は独りでいるべきだ。


「……それでも俺は、強くならないといけないので」


 そう勝手に話を断ち切ってから再びサンドバックに向かって殴って、蹴ってを繰り返す。


 会長はそんな俺の姿を見て、目に涙を溜め込みながら部屋からは知って出て行った。

 見送る事もなく、昔と変わらず、いや昔以上に力に憑りつかれながら強くなる事だけを考える。

 前世の頃は才能と言える物を両親から多く受け取った。

 でも今はそれが肉体的に、魔力的に使えない。

 ならそれらが使えるようになるまで鍛え直すしかない。


 サンドバックに向かい、相手を殺す事を考えながら攻撃し続ける。


『また同じ事を繰り返すんだな』


 俺の心が呼びかける。


 当たり前だろ。

『昔みたいに誰かに頼ったっていいんじゃないか?そんなに真面目じゃなかっただろ』

 でもこれは俺の責任だ。

『そうだな。責任を取るべきだっていうのは俺も分かる。同じ俺だから理解も出来る』

 なら黙ってろ。

『黙ってられる訳ないだろ。同じ過ちを繰り返してることを分かっていながら止めようとしないんだぞ。そりゃ俺が出て来るしかないって』

 それでも黙ってろ。結局俺の本性はこれだったって訳だ。誰かを傷付けてでも自分の欲を優先するクズだ。

『知ってる。でもガキの頃は周りを巻き込んで一緒にバカやってた。なんであの頃に戻ろうとしない』

 戻れるわけないだろ。肉体的には若返っていても、思考と魂はあの日の延長線上にある。

『だったら中途半端に周りに優しくするのもやめろ。何でミルちゃんにドリームキャッチャーを送った。何で組織に加入した。何でリルに隣にいる事を許してる』

 俺が壊したから俺が治す必要がある。

『それも責任か?おかしいな。昔の俺はそこまで責任感の強い奴じゃなかったはずだ』

 大切な後輩ぶっ壊してみて見ぬふりをしろってか!

『そうだ。本当に独りでいるべきだと考えているんなら――』

「分かってんだよ!!」


 頭の中でもう1人の俺を生み出し、会話しながら冷静になろうとしたが、失敗した。

 サンドバックを攻撃する手足はさらに壊れていくのにさらに加速し、攻撃力は増し、それ以上に俺の体を壊す。

 最後の叫びながらの攻撃はサンドバックを拳で貫いた。

 サンドバックの中から手を引き抜き、中に入っていたよく分からない布の切れ端のような物が壊れた穴から零れ落ちる。

 それでも苛立ちが収まらず、円を描くように蹴りを繰り出すとサンドバックは引きちぎられて壊れた。


『お前、また魔龍に近付いてるぞ』

 強くなれるのならそれもいい。

『あんだけ他の連中に止められたのにか?』

 他に使える力がない。

『本当に?リルやみんなに手を貸してくれっていえよ。俺が死んだ理由がそうやって仲間に頼らなかった事だってのは分かってるだろ』

 分かってるよ。でも、巻き込みたくない。

『とっくに巻き込んでるんだから諦めろ。そうやって無理矢理遠ざけようとするから余計に泣かせたってのに』

 それでも、俺は独りで居たい。

『……頑固なのは分かってるが、ここまで頭硬かったっけ?とにかくこのままじゃ2年後のクリスマスすら生き残れるか分かんねぇぞ』

 それだけは必ず生き残るさ。でないとあいつを殺せない。

『殺したいのは俺も同じだけどね。とにかく、甘える事を忘れちまったんだから思い出した方が良い。運良く生き残ったのか、それともオリジナルの術式を組み込んだことによるバグか、どっちだか分かんねぇがせっかくの二度目の命。今度は寿命が尽きるまで生きてみたいね』


 そう言って頭の中のもう1人の俺は消えた。

 俺らしい勝手な奴。勝手に話して勝手に満足してどこかに消える。


 今の俺の手や足を改めて見てみると、本当に醜い。

 紫色に張れ、擦り傷や切り傷で血も出ており、骨も変形したり砕けてしまっている。

 本当に気持ち悪い手だ。


 なんて思っているとリルが俺に向かって吠えている事に今気が付いた。

 顔を向けると本当に心配しており、俺の足を舐めて治そうとしてくれている。

 礼を伝えるために頭を撫でようとしたが、この醜い手ではうまく撫でる事も出来ない。


「……本当に俺は成長しないな」


 バカは死んでも治らない。


 これ以上俺にふさわしい言葉はない。

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